超越数の濃度
超越数の濃度を考えます。
無限という概念のイメージと面白さ掴むことが目的なので、ひとまず単純化にしていますので悪しからず。
可算無限の濃度
可算無限集合はいくつ合わせても可算無限です。
証明
自然数=可算無限
偶数=可算無限
奇数=可算無限
自然数=奇数+偶数=可算無限
$ℵ_{0}:可算無限,ℵ_{1}:非可算無限$
$ℵ_{0}+ℵ_{0}=ℵ_{0}$…①

非可算無限の濃度
次は非可算無限の濃度です。
$ℵ_{0}<ℵ_{1}$…②
これは以前の記事で導出しました。
超越数+代数的数=実数(定義)
超越数の濃度を考えます。
まずは
$ℵ_{1}+ℵ_{0}=ℵ_{1}$
を証明します。
証明
$ℵ_{0}+ℵ_{1}=ℵ_{0}$(仮定)
$ℵ_{1}=-ℵ_{0}+ℵ_{0}$(加法逆元)
⊥(①と矛盾)
$ℵ_{1}=ℵ_{1}+ℵ_{0}$(背理法)
-可算無限+非可算無限=非可算無限…③
が証明されました。
以上を用いて超越数の濃度を求めます。
超越数+代数的数=実数(定義)
超越数=-代数的数+実数(加法逆元)
③より、「-代数的数+実数=非可算無限」です。
よって
超越数=非可算無限集合(非可算無限)
②より
代数的数<超越数
が証明されます。
超越数の方が代数的数より数が多い。
違和感凄い。違う、そうじゃない。
直観主義は僕のように背理法や実無限に違和感を覚える勢力。人の認識を数学の基盤にしたい。
「数学の始まりの基盤が人の認識なのだから、そこから逸脱したらダメでしょ」って気持ちが根底にあると思います。
形式主義は「数学はただの道具なんだからさ、もっと自由で良いでしょ?」って勢力。
どちらが正しいか、というよりは哲学の問題です。
どちらの言い分もわかります。
20世紀初頭の数学基礎論における形式主義と直観主義の論争は、「数学の真理とは何か」を巡る対立です。人間の心的な構成を重視する直観主義に対し、記号操作の体系で数学の無矛盾性を証明しようとした形式主義が激突し、数学の哲学における大きな転換点となりました

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