非可算な実無限
有限の感覚が崩壊する無限の世界観
ベルンシュタインの定理を勉強していく過程で「実無限」の面白さや奇妙さついて少しだけ知ることができました。
「実数の隙間を無くしたい」という数学者の切実な欲求が、無限を実体化(実無限)させ、その結果として「極限の先にある数学的空間」を出現させた。
そして、その無限の処理が完了した(実無限が認められた)世界では、「有限の世界」で当然として受け入れていた直感や数式の性質がことごとく崩壊し、まったく新しい、一見すると怪異な性質が「実体(構造)」として立ち現れてきた。
脱線しすぎるので深掘りはしませんが他にも奇妙な数がいます。
リーマンの級数更換定理
並べ替える順番を工夫することで、任意の実数に収束させることも、正の無限大や負の無限大に発散させることも完全に可能です。
Gemini
無限の処理を完了した世界には、その世界固有の性質があるわけです。
相転移
上記の実無限世界で起こる現象には見覚えあります。
ある瞬間から現象の性質が一変する核分裂反応などの相転移です。
直感的にですが、潜在無限では相転移は説明できないように思います。
それはどこまでいっても一つづつ変化していく現象だから。実無限は「実無限です」と突然現れ、その瞬間に世界を一変させます。
実無限は、ある局面までは誤差として扱えた、ある関数(物理現象)を構成するある変数の再帰的な増幅が、ある時点からはその関数の性質を完全に支配してしまうような物理現象と対応させられます。
株価やスポーツの競技能力、知能の発達などが分かりやすいと思います。
僕はボクシングでは数段階、数学の勉強では1段階相転移のような現象を感じたことがあります。
「なるほど!そうゆうことか!」
と閃いた瞬間に世界の見え方が一変しました。
徐々にではありません。跳躍です。身に覚えがある方もいるのではと思います。
知能や競技能力、株価、核分裂など、物理現象のサイズが小さい範囲(#)においては、相互参照による力の増幅は「揺らぎ」として無視できる。つまりそれは有限世界のように線形に振舞っている。
#数学的有限として扱える
しかし、現象のサイズがあるサイズを超えた途端($)に、関数に入力される変数の微細変化は、相互参照の自己増幅により極大に発散し、その関数の性質を有限世界から一変させる。
$数学的無限
別の表現をAIに考えてもらいました。
ある範囲(閾値の手前)において、物理現象は「線形」、あるいはそれに近いマイルドな非線形として振る舞います。
この世界では、変数の増加率に対する出力の応答は比例関係にあり、誤差やノイズは「些細なもの」として無視するか、平均化して処理できます。これは、人間が「数式(アルゴリズム)で記述し、制御できる大人しい有限の世界」です。ここでは相互作用の影響力は局所的な近接作用にとどまり、システム全体が一丸となって暴走することはありません。
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状態 $X$ の微小な変化が、相互作用によって状態 $Y$ を変える。
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変化した $Y$ が、再び $X$ にフィードバックされ、さらなる変化を促す。
これがシステム全体で同時多発的、かつ無限回繰り返される(¥)構造(マクロとミクロの相互参照)に突入したとき、初期状態に含まれていた「人間の認知や測定では決して捕まえられない、小数点以下無限桁の無秩序な情報(実数の混沌)」が、一挙にマクロなスケールへと引き摺り出されます。
¥極短期間で膨大な数の相互作用、相互参照が繰り返される→極限→無限
以上が実無限を記述する言語が必要になった理由、かつ現実を説明する道具として有用な理由だと現時点では理解しています。
閑話休題。
どうしても実無限に物理的性質を与えたかったので苦しみました。
さて本題の選択公理。

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