ネイピア数eを筆頭に、無理風には奇妙な性質があって面白いですのね。
無理数
ベクトル→微分→ネイピア数
いつも思考が迷子。
登下校と同じ。「あれ?この道通ったことがない!」からの迷子。
でも、寄り道こそが僕の発見の種なんで、それでいいんです。僕は好奇心を満たす為に生きているんで。
ネイピア数e
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オイラーによる定義
e は$\displaystyle {\frac {d}{dx}}\,a^{x}=\lim _{h\rightarrow 0}{\frac {a^{x+h}-a^{x}}{h}}=a^{x}\lim _{h\rightarrow 0} {\frac {a^{h}-1}{h}}=a^{x}$
を満たすような実数 a、つまり
$\displaystyle \lim _{h\rightarrow 0}{\frac {e^{h}-1}{h}}=1$
をネイピア数の定義とした。ネイピア数の自己増殖的な構造を見ていきます。
複利の頭を押さえつける定数がネイピア数。
素人が数学に挑戦 金利計算中に現れた不思議な定数、ネイピア数e= 2.71828 18284 59045 23536 02874 71352 …ネイピア数はこんな定数です。円周率と同じく無理数。ネイピア数はヤコブ・ベルヌーイが複利計算をしている最中に発見しました。銀行に金を預けると預けた額に数%付加...式の原始的な形は↓
$\displaystyle \lim_{ n \to \infty }(1+\dfrac{1}{n})^n{}$(複利)…①
預金の出し入れを高速高頻度で行い大金持ちになろうとしたネイピアを絶望させたのがネイピア数。展開しいく前に指数が分数の指数法則の復習。
$x^{1}=x$(仮定)
$x^{\frac{1}{n}・n}$(乗法逆元)
$x^{n}・x^{\frac{1}{n}}$(指数定義)
$x^{n}・x^{\frac{1}{n}}=x$(同値関係)
よって
$x^{\frac{1}{n}}=\frac{1}{x^{n}}$例えば$2^{\frac{1}{2}}$なら$\frac{1}{4}$です。
すなわち、上の複利①の式は
$\displaystyle \lim_{ n \to 0 }(1+n)^{\frac{1}{n}}$…②
と言い換えられます。ネイピア数の定義を変形
$\displaystyle \lim_{ h \to 0 }\dfrac{e^{h}-1}{h}=1$(定義)
$\displaystyle \lim_{ h \to 0 }e^{h}-1=\displaystyle \lim_{ h \to 0}h$(乗法逆元)
$\displaystyle \lim_{ h \to 0 }e^{h}=\displaystyle \lim_{ h \to 0}=h+1$(加法逆元)
$e=\displaystyle \lim_{ h \to 0 }(1+h)^{\frac{1}{h}}$(指数法則)
$e=\displaystyle \lim_{ h \to \infty }(1+\dfrac{1}{h})^{h}$(②)…#複利の式と同じ形が演繹されました。
要点は「極限をとると1になるのがネイピア数」です。同値変形のみなので、逆の演繹も成り立ちます。
指数の法則 複利の計算式複利計算実数 x の正整数 n 乗は、素朴には、n 個の x を掛け合わせたものである。厳密には、次のように再帰的に定められる。(∗)x¹:=x,(∗∗)xn+1:=xⁿ×x(n≥1).x0を定義する場合には、関係式 (∗∗) が n = ...$e^{x}$を微分すると
$\displaystyle \lim_{ h \to 0 }\dfrac{e^{a+h}-e^{a}}{h}$(ネイピア数)
$\displaystyle \lim_{ h \to 0 }\dfrac{e^{a}・e^{h}-e^{a}}{h}$(指数法則)
$\displaystyle \lim_{ h \to \infty }e^{a}(\dfrac{e^{h}-1}{h})$(分配法則)
$e^{a}・1$(ネイピア数定義)
$e^{x}は$微分しても形が変わりません。この形が嬉しいのは、指数法則でこのかたちに変形して式を簡単化できることがあるから。
以下はよもやま話。
数学とか物理学
無理数は有理数の間に論理的にはギチギチに敷き詰められていますが、僕らの認識にはそれは映りません。
有理数を三次元直交座標とするなら現実との対応関係を作れます。位置ベクトルや速度、加速度ベクトルなど。
神様は僕らが数によってマクロな現実を理解できるように設計してくれました。
現実と有理数の座標系に対応関係があるのなら、無理数、及び複素数(虚数)と現実にも対応関係がるはずだ、と考えるのは自然なことだと思います。
最先端の量子力学は直感的には奇妙に感じる虚数により既述されます。
量子力学に虚数が必要なのは、直感的には、物理的な量である質量などには、質量という情報との対応関係を維持した振動や回転があるからだと思います。
と言うよりは、「質量」という、人間的な感覚に由来した量が宇宙の基底(最小の構成要素)ではないだけだとは思います。そう考えるのが自然です。
情報としての「質量」や「回転(振動)」は、ヒトの認識空間には二つの情報として映りますが、物理的にはある実体(多面体)のある側面でしかない、というとこと。
例えば「時空」という概念が現実と対応していることは、ヒトの認識空間には別個のものとして映る「時間」と「空間」が、物理的には単一の構造であることを示唆しています。
もっと身近な例で言えば、物体は光を当てる角度により影の形が代わってしまうようなこと。時間と空間は、僕たちが知覚しない物理的な何かの影。
数学や物理は現実が僕らの認識空間に投影された影です。
その影を帰納して物理的な実体である行列の構造を考察しているのが物理学だと現時点では僕は解釈しています。
あくまでも趣味の範囲で「そう感じる」というだけなので、誤りかもしれません。たたの感想です。

無理数などは、「原因→結果」という線形な対応関係による認知を、無理矢理曲げたり回転(振動)させたりした時に生じた認識空間の割れ目から現れていると勝手に思ってます。
黄金比が宇宙の色んな場所に見られるのは、自己増殖構造でないと淘汰されるから。
それらが便利なのは、この手の再帰的な構造を規程する固有値(基底)が、現実を理解する不動の足場になるから。




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