人生に仕掛けられた認知の罠について。
社会の大半が間違う理由。社会に埋め込まれた常識が間違う理由。
エリートと弱者で世界観や価値観が根本から異なる理由。
認知の非対称性がコミュニケーションを断絶させる理由。
インターネット、スマホ、SNSはバベルの塔。
根はもっと深い

成長初期の幻覚
非効率の効率化
効率の悪い方法であっても、繰り返せば効率化させられる。
例えば「引っ張り打法」は、無理矢理体重移動を起こさせるから、あるレベルまでなら緩慢さをパンチ力という恩恵が上回ると考えられる。
つまり、個体のいる”環境によっては”引っ張り打法の利益が費用を上回る※。
※機会損失を加算するなら負債
しかし、あるレベルを突破すると「引っ張り打法」は、時間体力認知資源を食いすぎて通用しなくなる。レベルが上がるとこの世界観は現実に耐えられない。
「言葉で体を動かす」「意識的に体を動かす」「公式の丸暗記」「年号の丸暗記」「日本の慣習」や「閉じた空間にある営利企業の常識」なども同様。
「今だけ良ければ」を選択していても、あるレベルまでなら全体の効率を高められる。
しかし環境の変化が起こると、例えばSNS、AIによる、情報や知能のグローバル化や民主化、あるいは高金利に伴う信用獲得コストの増大など、が起こると、「引っ張り打法」「閉じた環境におけるビジネスの常識」などは、一気に駆逐される。
今起こってるよね?
閑話休題。
あるレベルまでなら非効率を効率化しても成長は維持される。しかし、ある段階から収穫逓減法則により、利益は頭打ちとなり、コストだけが増大していく構造へ移行する。
つまり、成長が頭打ちになるまでなら「非効率な方法の反復」を正当化できる。
子供の頃なら丸暗記のお勉強でも通用する。むしろ強い。しかし、そればかり磨いた大人は将来駆逐される。
競争は相対的な運動。必然的に、あるレベルに到達できる、すなわち勝ち抜いていく個体、は一部の層に限定される。
大半には強者の論理は理解できない。収穫逓減を起こすような努力をし、かつ利益が頭打ちになったらそれまでの方法を簡単に捨てる二つの要素を兼ね備えた個体は稀だから。
だから脆弱な「反復」「一貫性」が社会的に肯定されてしまう。
事後正当化
朝令暮改トランプ大統領「私は最初からこうなると予想していた。君等は知らないだろうが、最初から私は一貫している(事後正当化バイアス)」
アホ「そうだったのか…すげえ」
ヤバいと思ったら方針転換して辻褄を合わせているだけ。でも最後にはきっとこうなる。
あるいは失敗して。
「私はみんなの為に努力したが及ばなかった。」
アホ「偉い!頑張った!」
自分の為に頑張っただけなのを都合よく切り取っただけなのに。
すごい人「〇〇な戦略を最初から取っていた。こうなることは予想していた。」
同じ戦略をとった中の生き残った奴が取り上げられた生存者バイアスか、成功した後で方針転換を繰り返した事実を捻じ曲げる事後正当化バイアス。
成長の初期の挙動とバカと強者が奏でる協和音。
まとめ。
リソースと成長余地が膨大に有り余る初期段階なら、非効率な方法でもあっても成長を呼び込める。
しかし、収穫はどこかで逓減する。その時に方針転換が必要になる。
方針転換はリスク。リスクを嫌う分厚い人口の層がある。あるいは費用対効果を認知しない層。
その層と生存者バイアスと個々の事後正当化バイアスの協和音が社会全体の認知を歪めてカルト教団を結成している。
「体を自由に操作する意識をして、沢山練習してたら、本当に体が思い通りに操作できるようになった」
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