当たる瞬間に握る、回転させる
生物「ヒト」の統計的な反応速度から演繹して、見出しの行為は不可能です。すなわち、そんな技術は存在しません。
スローモーションで動くのならやれるのかもしれません。それをパンチと呼んでいいのかは甚だ疑問が残りますが。
あえてそれに名付けるなら、精々が「パントマイム」になります。
当たる瞬間に握る、あるいは回転させるという主張を信じて練習しても、あなたが統計的外れ値の人外バケモノでもない限り、それが達成できる確率は0です。
努力云々ではなく、原理上不可能です。

404 NOT FOUND | 長濱陸のブログ
DIE HARD
拳を回転させるコークスクリューパンチが強いのではなく、強い奴のパンチは構造的にねじられるのです。
肌を黒くすると足が速くなるのではなく、肌が黒い奴らの中に足が速い奴が多いのです。
背中の筋肉が強いパンチを打たせるのではなく、強く打てる奴の背中が構造的に盛り上がのです。
因果関係を見誤ると問題は積み上がり、よりあなたの目的の達成は遠ざかるります。
膝を曲げる、踵を上げる、当たる瞬間に握る、当たる瞬間に腕を回転させる、腰を回す…など。
因果関係を追跡できないと、泥沼に足を取られて一度しかない人生を無駄にすることになります。
補足。間違えたことを言うな、ではありません。言いたいことを言える社会は健全です。ただ、聞く人は正しい態度で、つまり批判的な態度でそれを聞くべきです。

「健全且つ妥当」な推論の手続き
論理包含の法則とか眺めていたらふと、思ったことがあって。それは数学的(論理的)に証明が正しいことの定義ってどうなっているのだろうと。この手順を踏んだ場合のみ、前提から導き出した推論は正しいと言っていいって公理があるはずですが、そういえば知ら...

因果関係を見誤ると問題が上積みされていく
YouTubeのコメントで「手打ち打法」と「引っ張り打法」の長濱説についての反論がありましたので、その解答を行おうと思います。ケツに乗ってドーンでいいよ以下はYouTubeの反論への回答です。手打ち打法推奨への反論を要約すると「手打ち意識」...
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