現在僕が指導中の選手の理解を助けるために少しだけ難しい技術の話をしていきます。
僕が「股関節に乗る」と表現してる技術のことです。
股関節に乗る
以下のツイッターで少しだけ解説しています。
見た感じと俺の感覚を参考にすると
— 長濱 陸 (@nagahamaboxer) July 28, 2021
頭と一緒にケツが落ちて前腿で体重を受けているからハムの力が使いにくい
でも動きのイメージはなんとなく掴んできたと思う
頭の上下、前後動で起こる重心の移動を骨盤で中和できると、重心を常に股関節付近で捉えられて、バランスが安定しハムケツが使いやすい https://t.co/0l51ru4iLf
この姿勢は股関節の奥行きを確保した姿勢であると同時に相手の打撃可能な面積を削減するディフェンスにもなっています。
これらはこれまでこのブログで解説してきた、分かりやすい利点です。
今回はさらに深掘りし、「股関節に乗る」とはどうゆうことなのかを解説していきます。
この画像のような姿勢は一流選手、特に黒人選手の特徴として見られますよね。
頭部が前へ動くと、それに連動して骨盤が後ろへ引かれる。
股関節に乗った前傾姿勢です。
股関節に乗らない前傾姿勢は構造が不安定であり、ハムケツの出力も小さくなります。
以下解説していきます。
まずは前提となる知識の解説をします。
重心
重心というのは物体の重さの中心だと考えてください。
そして、それは物体のただ一点にのみ存在していると仮定されます。
簡単に重心の性質を解説します。
物体は重心で力を受けた時は真っ直ぐ進む(並進)運動を行いますが、重心を外れて当たった場合、回転運動をします。
この時の回転は重心を軸として行われます。
簡単な例え話をします。
バットの黒い点が重心です。
この重心にボールが当たった場合、ボールは勢いよく飛んでいきます。
既述のように、ボールが重心を直撃した場合、ボールがバットを回そうとする力は小さいので、グリップを持つ手へ加わる衝撃はほとんどありません。なので打者は力なく飛ばせたような感じがするはずです。
しかし重心をズレるとボールの衝撃は重心を軸としたバットの回転力に変換されます。
その回転力は重心から遠いほどグリップエンドを強く回そうとする力になるので、グリップを持つ腕に強い衝撃が加えられることになります。
手は痺れるのにあまり飛ばないといった感じです。
力を加える場所が重心に近いほど強い力でボールを飛ばせます。
直感的に理解できると思います。
ボクシングでも「前重心」「後ろ重心」のように重心という言葉はよく登場しますが、ざっとこんな性質があるんです。
そしてこの重心は変形しない硬い物体においては位置は常に一定で、変化しません。
身体重心
重心は当然身体にもあります。
物体が割れたり、曲がったりしなければ重心は変化しないと述べましたが、逆に身体のように変形する物体はその質量の変化に応じて重心が移動します。
人体の重心は右の人のような直立時には骨盤付近にあります。
左の人のように腕と腿を持ち上げた場合、身体重心は動きます。
この場合、質量の移動した方向、つまりは前と上に重心が移動します。
股関節屈曲など、質量が前へ大きく移動した場合などは身体重心は体の外に出ていくこともあります。
先ほど「重心に力を当てると云々」という話をしたので、「物体の外に出るってどうゆうことだよ」と混乱するかもしれませんが、そんなものだと思ってください。
まとめると、
重心は質量の中心にある
無重力など他に力が加わらない場合、かつ変形しない硬い物体である場合、物体は重心に力を受けるとまっすぐ進みむ
重心を外れた場合、力を加えた位置が重心から遠いほど強い力で重心を軸として回転する
重心は物体の外にあることもある
です。
補足
「当てられない重心てなんだよ」という方のために簡単に補足します。
以下は読み飛ばしても問題ありません。
「物体の中心である重心が外へ出る」と聞くと奇妙に感じるかもしれませんが、重心はあくまでも人間が勝手に存在していると仮定した概念です。
「意識」、「エネルギー」、「力」、みたいなものです。数百年前はこの世界には存在していませんでした。
空気中の原子が鼓膜にぶつかった時の感覚を「音」と定義しているのと一緒です。
人間の五感を通して世界を理解しようとした場合、厳密さを排除した方が理解しやすいので、あると仮定されています。
「そもそも存在していないものが外に出るってどうゆうことやねん」
と混乱してしまうかもしれませんが、あくまでも人間がこの世界を理解しやすくするために開発した「道具」だと思ってください。
エネルギーや力、意識のように実在はしない概念です。
てこ
閑話休題。
てこについて。
こんなヤツ。
同じ力を加えたとしても支点と力点の位置関係によって作用点に働く力の大きさが変わります。
簡単に説明すると、力点が支点から遠ざかるほど作用点を回転させようとする力が大きくなります。
さっきの重心の話もてこが関係しています。
地球に存在する人間は常に重力を受けています。
当然、姿勢によっては人体にもてこが働くことになります。
つまり姿勢によって体の重さが変わるんです。
同じカバンを持っていてもカバンの位置によって重さが変わります。
てこが働くからです。
いかにてこを作用を小さくして、身体を支えるのか。
僕は最小限にてこの作用を抑えて立てる姿勢を「骨格立ち」と呼んでいます。
直立した状態でてこを減らすのは、まあ簡単ですよね。
重力に対してまっすぐ関節を連結すればいいだけなので。
しかしスポーツは姿勢が目まぐるしく変わります。
パーツの配置によって働く力が変わってしまうので、安定性も変化します。
バランスが悪いだけで同じような動作でも転倒防止の反射が起こって、力みを誘発します。
ヒールではバランスが悪くて速く走れませんよね。
固定観念に囚われて自らの感覚を見失うと、バランスが悪いことに気がつきません。ハイヒール(かかとをあげる)を履いていることにすら気がつきません。
バランスの悪い姿勢であることに気がつかず、疲れやすく力みやすい姿勢をしている人が多いんです。おそらくは「膝を曲げる」「踵を上げる」といった先入観が正常な感覚が働くのを妨害しています。
どうやって積み木を積むと安定するのか。
一点で支える場合、上の積み木の重心に近いほどバランスが安定します。
重心を外すと重力は上の積み木を回転させようとします。
この状態で倒れないようにするには何らかの力で重力とは逆向きの回転力を加える必要があります。
人体なら筋力が必要な状態です。
力を抜いてバランスよく立つためには構造で支える必要があります。
ペンの上を触っていますが、指でペンを抑えた時の力はペンの重心方向を向いています。
ペンが傾いて指から加えられる力が重心をそれるとペンが滑るように回転して立たせることができないのは直感的に分かると思います。
「骨格立ち」の股間節の構造だけを抽出したのが「股関節に乗る」です。
骨格の構造で身体を支える
地面反力を受ける足の位置から頭部が遠ざかると、てこにより頭が重くなります。
身体にかかるてこの作用を軽減して、身体を軽くするには重心を股関節付近に収めることが必要になります。
普通に立って構えた姿勢ならそんなに難しくはありません。
しかし目まぐるしく姿勢が変わるスポーツでは重心を股関節で捉え続けるのが難しくなります。
一流選手のダッキングはこんな風になりますよね。
頭が下がってケツが上がる。
頭部質量の移動による重心の変化を骨盤の質量の移動で吸収し、身体にかかる力を小さくするためです。
頭がさがるとケツが自然と上がります。
これが自然にできてしまうほど感覚が研ぎ澄まされているってことですね。
そして、この姿勢は同時にハムケツを伸張する姿勢でもあります。
推進力が高まります。
前傾と同時に骨盤が後方へ移動。
上半身のてこが骨盤を上へ回転させ、ハムケツが強く伸張されます。
同時に重心が股関節に乗るのでバランスが安定します。
大男の強打をものともしないカネロの鉄壁ブロックを思い出してください。
バランスが良く、身体を推進する姿勢だからこそ相手の強打を受け止められます。
重心を股関節に乗せ続けます。
デービスが安定して、強打を連打できる理由です。
バランスが悪いと一発打つごとに転倒防止の反射が起こって、次の動作の速さと強さを損ないます。
彼らは無意識レベルで体を軽くする技術があります。
だからこそ爆発的に動けます。
人間の脳は無意識のうちに、経験から得られた動作を取捨選択し合理的な動きを選択します。
日常レベルで微妙な体の違和感に気が付けるか。
感覚に集中しろ、先入観を捨てろと僕が言っているのは、こう言った理由からです。
コメント
長濱さん
お世話になっております。先日は詳細なご回答いただきありがとうございました。またお礼のお返事遅くなり大変申し訳ございません。
先日の質問の件については私の方でも現在考察中ですので、長濱さんの続きの解説にてまた議論させていただきたく。
閑話休題、本題目の股関節に乗るについて質問です。結論から申し上げると理想的な接地においてはやはり踵は上がるのではないかということです。蹴る瞬間の踵が上がる1フレーム分スピードが上がるからというのが根拠です。
拇子球立ちと踵接地はボクシングに限らず陸上や他のスポーツでも頻繁に議題に上がる話と思います。この折衷案がおそらく陸上短距離で言われるフラット接地(踵をつけている感覚で踵を浮かす)というものかと考えています。
イメージとしては以下の動画のものを想定しています。
①: https://m.youtube.com/watch?v=UEyqevrRUbg
②: https://m.youtube.com/watch?v=TVoftQj-32Y
また長くなり大変恐縮です。以上についてお時間ある際にご意見いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
素早い動きではつま先で接地の衝撃を吸収するのが自然だと思います。
アキレス腱や土踏まずのアーチ構造も衝撃を吸収するような構造をしています。
走行やロマのようなスタイルの連続したステップでは自然と踵は上がるはずですし、デービスのようなボクシングだとどっしりと構えるべきです。
動画(長いので一つ目は途中まで)にある勝ちポジションや浮き身、母指球荷重という考え方はつま先で重心を作っていくような方法で、日本人的な発想なのかな?と感じました。
しかし、常に踵を浮かせた姿勢を継続していくと体が浮き上がるようなパンチになると経験上感じています。
陸上短距離の選手がやや前側(脛骨の真下で荷重だと思います)で接地し、相撲やウェイトリフティングなどは股関節を屈曲し踵側に乗せています。
運動のスタイルに合わせて変えていくべきだとは思います。
が、つま先ではなく脛骨の下、足全体ではやや踵側かつ、やや外側ではないかと思います。
前回の質問の答えについてはまだ続きがありますが、現在指導中の選手の悩みの解決を優先させていただいています。
今回のような議論はとても面白いですね。
このブログで掲示板のようなものを作ってみようかと考えましたが、どうでしょうか。