仏教哲学

よもやま話

バカの法則その三

バカの法則はその三へ突入。とは言っても「一面的な認知≒バカ」と、立体的な構造の一面だけを切り取って話しているだけなので、厳密には同じ話になっています。お気づきとは思いますが。例えば、仏教と数学は認識の話であり、それらは、それを記述する言語と...
技術

ジョージ・ベントンのショルダーロール

ディフェンスが「隠れる」であることが分かりやすいと思います。基本はこの感情だと思います。「避ける」という具体的な動作ではなく、相手のパンチングレンジから隠れる。バット振り回す人への本能的な対応を想像してください。下のお巡りさんの腕の形や奥足...
技術

攻防一体の喧嘩殴り

喧嘩で使うパンチですよね。肩で相手の攻撃を遮りながらフルスイング。もっと言及するなら投擲パンチ。もっと言うなら本能に根ざした動き。セルフ1による駆動でありフローであり解脱、超人の心理。本能は真理を見抜きます。そうだからこそ、あなたの先祖は過...
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よもやま話

試行錯誤への報酬≒ドーパミン

スモールステップ上記の本に記載されていた、ドーパミンが分泌される条件を単純化すると1.スモールステップ2.試行錯誤(マンネリ化させない)3.未来の利得の予測(計画)これらの条件を満たす行為を計画した時とその計画が成功した時に、ドーパミンと呼...
よもやま話

固定化=腐敗

何が社会と個人の腐敗を招くかの長濱説。現象は流動的「現象は流動的である」という前提があります。ボクシングというスポーツには形はありません。本来は戦う相手や状況に応じて、そしてボクシングという空間の地形に応じて変化させていくものです。しかし、...
よもやま話

自己喪失と社会の暴走

子供の頃から沖縄戦の話は学校の教育や身近な老人から直接は聞いていたはずですが、大人になってから、そして親になってから当時の話を聞いて受ける衝撃は段違い。当時の小学生から中学生だった人達の証言と米軍の映像記録を元に構成されています。子供達を見...
よもやま話

嫌なものは嫌だ戦略

「嫌なものには嫌だ」を認めることが導く結論と「我慢は美徳」という価値観が導かれた前提の長濱説。「嫌いな人を避けてはダメ」「嫌いな練習を避けてはダメ」「嫌いなことから逃げてはダメ」頻繁に聞く文言ですよね。美徳として強制的に受け入れさせられてい...
よもやま話

計量失格が続くボクシング界にいて感じること

僕が感じていることを共有します。これはきっと、普通の営利企業で働いていてかつボクシングジムへ通っている人なら感じてい人なら感じていることだと思います。減量の失敗。何故、続くのか。根本には「知識不足」があり、さらにその「知識不足」という結論を...
よもやま話

議論の枠組みを疑う

常識や科学などの社会通年は無条件に当然の議論の枠組みとして受け入れられています。ネットの辺境にある僕のブログへ読者の皆さんがたどり着いたのはきっと、現実を覆っているボクシングジムの様々なマトリックスに違和感を覚えたからではないかと思います。...
よもやま話

他人と自分を分離する論理性と機会損失の話

世代間の溝に関する話の続き。「他人を理解しようと努力する」ことは幼児性を切り離すのに要求される論理性獲得の第一歩と僕は考えています。互いを認める世代間の価値観の違いは時代背景に由来しています物心ついた頃から情報を浴びて育った僕達と情報の取得...
よもやま話

嫌いたい奴には嫌わせておけ

パレート分布ってご存知ですか。八対二の法則とも言われます。僕のことを好きな人が二割いれば、残りの八割は僕のことを嫌いな人。アリ(ヒト)の世で生産的な活動をしているのは二割で、残りの八割はその二割の努力に相乗りさせてもらっている。二割の人が世...
よもやま話

危機感が足りない その二

危機感は価値の判断を促してくれます。危機感が足りないスパーリング大会に出場する予定のボクサーを仮定します。彼はこれが初出場のサラリーマンです。彼は強い危機感を感じています。仕事が終わると、本当に必要だと感じる飲み会の誘い以外は断り、ジムへ直...