
卑怯者のセリフ
トラブルと競争が嫌い
吉良吉影は卑怯者のメタファー。
「戦ったとしても、私は負けんがね」の一言に卑怯さが凝縮されてる。見たことありませんか?
吉良吉影は、表では争いを避けるが裏では平気で殺しをやります。
現実ではヘコヘコと立場が上の人間に媚びへつらうが、集団か匿名になると強気になる。腰抜けの典型です。

トラブルが嫌いな奴≒無害”そうな”奴≒有害な奴
問題を直視せずに敵を作らない(≒作れない)奴が、つまり、無害そうな奴こそが有害なのです。
無害そうな奴らが集まったらどうなるか。争いも発展も起こりません。
トラブルを避けながら陰でコソコソと他人を傷つける吉良吉影は無害そうな奴の典型です。
表(外)では泥棒のようにコソコソしている。ビビって言うべき事を言えない。行動に起こせない。その癖ネット(※)では偉そうにふんぞり返る。
※教室、事務所、家、などの特定の空間に言い換え可
逆ならかっこいいですよ。誰が見ていなくても他人に優しくできる。みんながシッポ巻いて逃げる場面で堂々と立ち向かえる。
仗助や承太郎のような男の対義語として、女々しいや臆病、ビッチという言葉あります。

メタファー

「同じ日を繰り返しているッ…」
「バイツァ・ダスト」は、相手が「バイツァ・ダスト」に気付くと、その相手の時間が1時間だけ巻き戻る能力です。
このループは、吉良がバイツァ・ダストを解除するまで繰り返し、解除しない限り爆殺とループは継続します。吉良本人もループしていることを認識できないため、この能力は自己破壊的な無限ループに陥る危険性をはらんでいます。
引用AI
トラブルを避けて生きる吉良吉影は、自らの能力「バイツァ・ダスト」によって同じ毎日を繰り返していることに気がつきません。気がつけません。気がついても抜け出せません。
仗助は不良のトラブルメーカーです。常にトラブルを起こし喧嘩に明け暮れます。しかしそのスタンドは触れたものを直します。
仗助のようなトラブルメーカーは問題そのものを起こそうとはしていません。
むしろ問題を解決しようとしています。
「間違っている」と感じることや人に対して責任を持って(リスクをとって)「間違っている」と伝えています。
それが結果的に争いを起こすことはあるけども、長い目で見るなら、仗助のように問題を直視する人には改善を起こします(クレイジーダイヤモンド≒触れたものを直す)。
吉良吉影のような、無害なだけの奴に任せると社会は壊れます(≒キラークイーン≒触れたものを壊す)。ジムも会社も社会も同じです。4部はそのメタファーになっています。
「他人に平伏して摩擦を避ける人間が、変化を拒んで『同じ日常』という監獄に自ら閉じこもり、最終的に崩壊していくプロセスのメタファー」

本当のことを言うと恨まれることがある
仗助は恨みというカスを受け入れて間違いを正そうと藻掻く人※。
※でも正解は求めていない
承太郎「世間がどう言おうが判断の規準は”おれ”にある」



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