練習の構成方法
偶有性
「偶有性」は難しいか馴染みのない概念だと思います。
偶有性
アリストテレスの用語で、endekomenonの訳語。 存在することもしないこともありうるものの在り方をいう。
僕の解釈では、偶有性は、ある行為や言葉の論理的な意味の外側に偶然生じる可能性のある性質や意味を指す言葉です。
※含意や論理包含、数学の集合の概念の基底

「学校へ行く」という言葉には、それに付随する様々な意味があります。
例えば「勉強をする」「友達を作る」「家の外の大人と接する」など。
むしろ「学校へ行く」を物理的な運動を指して使う人は僕は見たことがありません。
「学校へ行く」「学校へ行きなさい」には文そのものの意味以外の含意があります。
パンチという言葉は、物理的には「運動連鎖」「SSC」「運動法則」などが包含されています。
同じように、「動きながら殴る」には「手打ち」「股関節主導フットワーク」などの技術的な前提が偶有(包含)されています。
技術を向上させるには物理的、論理的な包含関係(構造)を理解する必要があります。
閑話休題。
練習に意識を介入させない
僕が偶有性を重視するのは、選手を無意識の発見へ導く為、及び練習に選手の意識を介入させない為です。
例えば、ボクサーが「手打ち」を意識し過ぎると、体の連動性がめちゃくちゃになり全体として機能しなくなることがあります。
手打ちを意識するから手打ちができなくなる本末転倒です、
例えば、安全運転を意識し過ぎると、判断を誤る確率が高まってしまいます。
安全運転を意識するから安全運転ができなくなる本末転倒です。

他にも「カウンターを狙う」と頭に思い浮かべながらの戦いを想像してみてください。
自然体が失われ、カウンターはむしろ難しくなってしまいます。
これを敷衍するなら、技術は意識的な反復では身にかない、と考えることもできます。
あなたがいつの間にか日本語を話せるようになっていたように、いつの間にか計算ができるようになっていたように、技術も「気がついたらできていた」である必要があります。
その為の練習の偶有性です。
「どうやれば意図した技術を獲得させられだろうか?」
「意図した技術が自然に反復されるのは、どのような構造だろうか?」
指導者は選手の意識が練習や技術に介入しないような構造を考える必要があります。
意識的な観測が刺激として結果に介入し、技術を変容させてしまうからです。
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