長濱拳法の根底にある思想

トレーニング

今の僕のトレーニングの根底に流れる思想についてお話します。
今回の話は自動制御など、運動の長濱説を知っている必要があります。
詳しくは以下の記事を参照ください。

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要求されるのは臨機応変さ

自分で自分を定義しない

僕は自分で自分を定義しようとして苦しみました。
「こうなりたい」「こうあるべき」って強迫観念が本来の僕が持っているポテンシャルを抑圧し成長を阻害していました。
僕はある時、自分で自分を定義しようとする過程に機会損失を生む論理が潜んでいることに気が付きました。

長濱拳法は自分で自分のスタイルを定義しません。
定義するのは見た人、戦う相手です。

だから基本的には決まった形はありません。自由です。
強迫観念を捨て心を解放すること、相手に反応し即座に対応することに重点を置きます。
その結果、環境とあなたの結節点に”現象”としてのあなたのスタイルが自動的に定義されると長濱拳法は考えます。

長濱拳法は僕達の潜在意識は経験的統計から僕達がその瞬間に行える最善を導き出せると考えるからで、そして、その連続があたかも一貫しているように見える強力なシステムを構築すると考えるからです。

個々の蟻はDNAに刻まれた単純な命令に従っているだけですが、全体としての蟻の群れは一貫した意思を持っシステムのように振舞います。
人の脳もそうです。
脳細胞単体で見れば、その細胞の二重螺旋構造に刻まれた命令に従っているだけ。
しかし全体としてみれば高度な知性を宿します。

ボクシングシステムもそうです。
場面に意味はありません。
その瞬間にあなたが快適だと感じる方法で、あなたを全力で表現する。
それを繰り返すことで、蟻の群れや脳細胞が総体としての知性を発揮するように、あなたの一貫したスタイルが出現してきます。

考えるな、感じろ

以下は記憶の長濱説がベースです。
記憶にはいくつかの種類があって、それは「言語」「映像」「感覚」です。

例えばスパーリング中の「あれしなきゃ、これしなきゃ」は言語的な記憶に由来した運動です。
映像的記憶は頭の中で映像を再生しそれを再現しようとすること。
そして、感覚的記憶は箸を握った時、自転車に乗った時などに呼び覚まされます。
そこには映像や言語は存在しません。できるという強烈な直感が起こって、自動システムにより記憶が自動的に再現されます。

長濱拳法では実戦における感覚的記憶が重要視され、言語的記憶は最下位に位置します。

練習したことをやろうとしないというのは、本当にやらないのではありません。
「考えて言語化して実践している内はできるとは言わない。できるのなら無心でできる」
と長濱拳法では考えます。

僕達が自転車に無心で乗れるように、できることは勝手に”起こり”ます。
これが広義の自動制御です。

実戦中、指導者に命令された行動に恐怖を覚えるのは、あなたの潜在意識はそれが間違っていることを知っているからです。
自動車の運転では誰に命令されなくても無意識に安全確認を行い、青信号でアクセルを踏みます。
そこに恐怖はありません。あなたの潜在意識はそのタイミングが安全なことを知っているからです。
赤信号で「アクセルを踏め」と言われても踏めないのと同じで、「行け」では行けないのです。

長濱拳法では「実戦で実行できない」ことを議論するなら、実戦段階ではなく練習段階が論点になります。

練習段階で信号が変わっていることに気が付いていない、つまり信号(相手)を観察できていないことが主な原因です。

道筋を敢えて決めない

長濱拳法はゴールまでの”道筋”は決めません。
上級者はゴールすら決めません。

それは執着だからです。執着は大きな機会損失を生み可能性と活力を奪います。

環境との結節点にあなたが定義されると冒頭で述べたように、あなたを定義するのはあなたではありません。
環境とあなたと相互作用、かっこよく言えば運命があなたを定義します。

だからゴールすら決めません。
強迫観念、固定観念への依存心を捨て、心を解放しその完全な独立を目指す作業が長濱拳法です。

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Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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