人は自分の観念に操られる

よもやま話

人がMEMEに操られてしまうという話をしましたが、今回も似たような与太話です。

よた‐ばなし【与太話】出まかせのつまらない。 でたらめの

コトバンク

子育て、ボクシング、最近の世界。
いろんな事に当てはまるなあと僕は思います。

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固定観念が世界にノイズをかける

大半の場合、観念が支配者になる

観念というのは僕たちが経験によって獲得した顕在的な、またはそれまでの経験によって刷り込まれた潜在的なフィルターで、世界を素早く理解し事態に迅速に対応するために利用する道具だと考えています。

例えば、固定観念がなければ起きた物事を一から分析し答えを導く必要があります。
赤ん坊のようにいちいちそんなことをしていたら、単純な因果関係の理解にすら途方もない時間がかかってしまいます。
固定観念があるからこそ、僕たちは瞬時に物事を理解してそれ相応の対応ができるわけです。

本来は非常に優れた道具であるはずなんですが、ほとんどの場合はその道具が僕たちの意識を支配してしまいます。

例えば淡々と事実を眺めればごく簡単な因果関係、結論が導き出せるはずなのに、「世界はこんな形をしている」「こうでなければならない」といった観念がそれを邪魔してしまいます。
固定観念のノイズが強すぎると単純な因果関係が見えなくなります。

あとあと冷静になってみればこんな簡単なことなのに。
みたいな経験は誰にでもあることだと思います。

人は観念を操り複雑な問題を解きほぐすことができますが、一方で単純な問題が見えなくなってしまいます。

道具は使ってなんぼ

大切なのは「とても便利な道具であるはずの観念が時に問題を複雑に見せている」ことを理解することだと僕は思います。

僕はボクシングで「こうあらねばならない」という観念に縛られていた事に最近気がつけるようになりました。
固定観念が薄れて僕の世界に映し出されるノイズが小さくなったからです。

ところで、広く一般に定着している固定観念に「科学の言っていることは常に正しい」「偉い人の言っていることは常に正しい」「みんなが信じているものは常に正しい」が挙げられると思います。

科学の言っていることは正しいことが多いと思います。
ただ、その元を遡っていくと「あれれ?根拠が曖昧になってきた」ということがあるかもしれません。
「商品を売るためのデータを集めたんじゃないの?」「誰のための研究?」と何かしらの意図を感じることもあるでしょう。
そして何よりも科学だって間違うことはあります。

偉い人の言っている事も正しいことが多いと思います。
「先生」「先輩」「親」「政治家」「経営者」。
でも昔、日本はそれで多くの人が死にました。
死にたいなんて、人を殺したいなんて誰一人思っていないのに多くの人が死にました。「偉い人が言っていれば正しい」は非常に危うい観念です。

みんなが正しいと思っていることはどうか。
一人一人考え抜いて導き出した答えなら正しい確率は高そうですね。でも実際にはそうではないと思います。
科学とか偉い人たちがそう言っていたから信じている、ということが多いようにも思います。
みんなで偉い人を信じて、数十年前に日本人が軍民合わせると3,120,000人亡くなったそうです。
当時の日本人の25人に1人が亡くなった計算です。
世界中のみんなは仲良くしたいと思っていたのに、なぜだか世界中で殺し合いをしていたんです。
殺し合いをしていた人たちは殺し合いをすることが家族のためだと、何故か信じていました。

権威を振りかざして大声でそう叫んでいる人たちがいたからです。

怪物の幻を見せられていたり、また逆にあるはずのものが見えなくなっていたりね。
人間の想像力って不思議ですよね。

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Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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