点とベクトル
n次元空間における点はn個の実数の組。
$(x_{1},x_{2},x_{3}…x_{n})∈ℝ^{n}$
n次元空間における線はn個の実数を持つ組A,Bで
$\vec{AB}$
$\vec{AB}≠\vec{BA}$
と表す。
順序が逆になると方向が逆になる。
ベクトルは大きさと方向のみを情報として持つ。
同一直線上にあり、かつ同じ大きさと向きなら、直線、平面、空間のどこにあっても同じベクトルと見做す。
始点1
終点2
のベクトルと
始点2
終点3
のベクトルは同値。向きと大きさが同じ。
「点」はどこにあるかに、「ベクトル」は何処へどう移動したかに着目している。これが思想的土台。
この文脈から現れるのが位置ベクトル
※主観的解釈
位置ベクトル
位置ベクトルは原点Oに始点を固定したベクトル。
ベクトルはどこに居ても、「向き」と「大きさ」が等しいなら同値。
n次のベクトルの始点を原点O=(x_{0},x_{1},…x_{n})に暗黙的に固定し、終点となるn次の座標(x_{1},x_{2},x_{3}…x_{n})だけを明示してベクトルを表現する場合を、特別に「位置ベクトル」と呼ぶ。
つまり、位置ベクトルは終点の座標を指定すれば表現できる。
始点を原点Oに固定したn次元の位置ベクトルは
$(x_{1},x_{2},x_{3}…x_{n})∈ℝ^{n}$
と表現する。
ベクトルって何やねん
抽象的かつ直感的な「矢印」は「ベクトル」という形式的な操作に落とし込まれている。
数学的現象の挙動を予測する時に、「ベクトル」が抽象的なイメージとしての「矢印」のままだと、関係するベクトルや次元が増えた時にその予測が困難になります。
4,5次元なら「折りたたまれている」とか「重なっている」と解釈できる気がするが、6次元以上のベクトルは僕は想像がができない。裏返しの空間使う?
だとすれば7次元以上から。
とにかく、ある次元から3次元で思考するヒトの手には負えない。
形式的な操作であれば、対象があまりに大きすぎたり複雑すぎてその挙動を直観的には予測できない場合でも対応できる。一つづつ計算すれば良いので。
ヒルベルトが主張し、ゲーデルがその限界を示した流儀。
ところで、形式主義と直観主義の実無限と潜在無限の議論は現在勉強中なのですが、面白い話があれば共有します。
形式主義
数学における形式主義(英: formalism)とは、数学における命題を少数の記号によって表し、証明において使われる推論を純粋に記号の操作と捉える考え方のことを指す。直観主義
数学の哲学において、直観主義(ちょっかんしゅぎ、英: Intuitionism)とは、数学の基礎を数学者の直観におく立場のことを指す。
閑話休題。
行列
行列はベクトルに作用して、幾何学的な操作(≒線形変換)を可能にする論理的形式的な構造。
ヒトがイメージできない空間の挙動を予測できます。
基本的には、ベクトルは行列を作用させると向きと大きさが変わる。
しかし、行列を作用させても向きが変化しない固有ベクトルが存在する。
固有ベクトル
線形空間 V(有限次元とは限らない)上の線形変換 A に対して、次の方程式
$\displaystyle A{\boldsymbol {x}}=\lambda {\boldsymbol {x}}$
を満たす零ベクトルでないベクトル x とスカラー λ が存在するとき、x を A の固有ベクトル(右固有ベクトル)、λ を A の固有値と呼ぶ。
ベクトルは物理学を既述する重要な概念ですから、物理空間における固有ベクトルを考えてみたりするのは面白そうですね。

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