
偶有性
強いサウスポーはバレロと同様のフックを打つ傾向があります。
それはオーソドックスと戦う場合に有効な打法で、故に強い淘汰圧が加えられて収斂するのだと考えられます。
収斂とは、哺乳類のコウモリと鳥類のハト、昆虫の蝶が、あるいは魚類のサメと哺乳類のシャチが、自然により選別されて同じ形になるようなこと。
バレロの右フックの因果関係は
フック→バランスが崩れる→スイングの勢いを抑える姿勢反射→左大腰筋の収縮→ディフェンス(orカウンター)
と考えられます。
彼らは「カウンターしている」とは自覚しているでしょうが、何故そうなるのかは、つまり、上の論理が包含される理由は理解していないと考えます。
細部を捨像するなら、彼らの技術はその習得の過程とは無関係に身についたはずです。
ある女性が自分を「男性である」と認識していたとしても、所謂生理は起こります。努力して生物学的なオスになれると言うなら、それは現時点では誤りです。
恐らくはボクシングの技術にも同様のことが言るだろうと。

これは努力が無駄だ、と言いたいのではなく、その方向性を見極め必要があるという主張です。
女性が「男性になりたい」と願うだけではそれは実現されません。努力の方向としては明らかな間違いであることは考えるまでもないと思います。
本気で性別を変えるなら外科医を探しホルモンを摂取すべきです。
同様にカウンターを手に入れたいなら、「カウンター」したいと願うのは無駄。強くなりたいなら「強くなりたい」と願うのは人生の無駄。
どのような願いをするのか、どのような世界観を持つのか、どのようなトレーニングなら願いが可能性として包含されるのか、を考える必要があります。
平等を願った共産主義が不平等を導くようなとは往々にして起こるで、何を願うのかには細心の注意が要求されます。
「願い事には気をつけろ」という諺が欧州にはあると聞いたことがあります。
大腰筋と攻防一体
「反復すれば上手くなる」というのは、いくらでも反例を挙げて論駁できます。それは弱者から搾取する為の免罪符と言う事もできます。
カウンター(ボクシング)を習得する為には、それを偶有する”可能性を”獲得する必要があります。
下に載せたチャンピオンのボクシングから抽出した共通点は、腸腰筋(≒大腰筋)の説明と整合します。また、スポーツのパフォーマンスと腸腰筋の大きさに相関があることとも整合します。







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