主体的な練習(選択)がもたらす充実感

トレーニング

今、僕は選手兼トレーナーなので、自分で練習を考え自分で実践しています。
自分の信念に従い練習するってのは充実感があり、またフィードバックが多く快適です。
楽しい。

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全部自分でやる

実はジムもほぼ決まっていて、僕はJBC、角海老ジムへの報告も完了しているので、残すは長岡と平仲ジムの話し合いの結果を待つのみ。
遅くとも来週には移籍手続きを進められそうです。

今のように全部自分でやるようになって、僕は現役時代、自分でない誰かに期待しすぎていたのだと感じるようになりました。
「誰かが強くしてくれる」「誰かがチャンスをくれる」そう無意識に思ってしまっていたんです。
現役の頃はそんな風には考えませんでした。まあまあ頑張ってると思っていましたから。

でも今思えば、僕はもっともっと主体的に自分を表現できました。
その時は家庭もあって人生経験も足りていなかったから、誰かが助けてくれるって依存心に自覚がありませんでした。

今回、僕はその反省を踏まえて僕が僕自身に最も集中できる環境、僕が僕自身の意志を尊重できる環境を選びました。
復帰後も自らの意志と行動によって道を切り開いていくつもりで、その覚悟が僕をワクワクさせてくれています。

信念を手掛かりに暗中模索

僕は自分で自分の練習を決定できます。全てにおいて自らが主体となることができ、これが僕の心の独立を助け、充実感を高めてくれているものの正体だと僕は認識しています。

自らの信念と理論を元に自らのポテンシャルを最大化する方法を模索する。
目的達成に必要な創造性と努力を自らに要求することに関して、一切の苦痛もありません。
むしろ自らの力でそのポテンシャルを拡張していくことに関して、これほど楽しいことはないだろうとすら思えます。

主体性によって得られるフィードバック

「これを実現するためにこれをやる」
自分で決めた練習は目的が明確で、成功と失敗が認識しやすく圧倒的なフィードバックを生み出します。
そしてそれは圧倒的な成長の推進力を生み出します。

誰かに用意された練習はその考案者と実践者の目的の認識が一致しづらく、ただこなすだけになってしまい練習の効率が下がるという側面があります。
僕は指導者としての側面からこの問題の解決の難しさを感じています。
同じ練習をさせて、同じ説明をしても僕が期待したような動作が起こる選手とそうでない選手に分かれます。
僕の練習を上手く機能させるには実践する選手と僕との間にある問題意識とその解決方法が、思考の深い階層で結びついている必要があるからです。

長岡の成長が他の平仲ジム選手と比較して著しかったのは彼がスポーツ科学系の大学院卒で僕のYoutubeとブログの内容を簡単に理解できる下地があったからで、彼の持つ世界観をある階層まで僕のそれと一致させているからです。
それはある問題を認知した時の認識パターンが僕と一致し、僕の言語が通じることを意味します。

同じような練習をさせてもその練習の根底に流れる思想を理解できていなければ、全く違う練習になってしまうのです。
僕が一貫したフィードバックの循環が起こるような練習サイクルを組んだとしても、選手がそれを認識できなければ、無意味どころか悪循環を生んでしまう可能性すらあります。

主体的な練習はその無駄がありません。
サイクルごとにフィードバックを受けて改善して行けます。
僕はそれを肌で感じることでこれまでにない充実感を得ています。

人生も同じで、自分で自分の手綱を握ることが充実感を生むのだと思います。

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Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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