滑らかさ≠運動の強さ
「滑らかさ」は確かに動作の巧さの指標としての側面があります。
が、後述するように、それは往々にして、ノロマさを許容できる範囲においてです。
動作の「形」や「滑らかさ」自体が目的化するのは本末転倒です。
めちゃくちゃでも勝てりゃいいのです。
ギクシャクすること
ギクシャクめちゃくちゃの例)
パッキャオ、ロイ・ジョーンズ、タイソン、マイダナ、ベテルビエフなど
メッシ、ロッベン、クリロナなど

独自の最適化。効力>形
スポーツ動作は「人体」という制約下においては、必然として直交するベクトルを生みます。
凡人はそれをゆっくり、柔らかく、つまり冗長に吸収します。
それを所謂「滑らかさ」と評価しています。
一方で一部のアスリートは人体の直交するベクトルを、直接的に排除しています。
※冗長性がない。
つまり、エネルギーが関節から関節へ直接的に、すなわち一瞬(=パルス)で伝達されます。
これが一見したぎこちなさの正体です。
彼らは彼ら自身の目的関数が生成する、極めて細く、かつ傾きが急なエネルギーの勾配を急降下していると考えられます。
ある目的の達成に最適化されたシステムの非冗長な挙動は、凡人の冗長なシステムの目には非合理に映ります。
1. 「滑らかさ」の正体は、エネルギーの散逸(ロス)である
凡人が見せる「滑らかさ」の本質は、直交するベクトル(目的外の運動エネルギー)を、多関節の自由度を用いて「分散・吸収」させている状態です。
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物理的解釈: 衝撃や不要な慣性力を、筋肉の伸張性収縮や関節の遊びで「いなして」いる。
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認知的解釈: 脳が「システムの安全性(低負荷)」を優先し、エネルギーを緩やかに減衰させている。これが観察者には「柔らかい」「しなやか」という審美的な心地よさを与えます
。
2. アスリートの「冗長性の排除」と「直接伝達」
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最短経路の降下: 「エネルギー勾配の急降下」は、ポテンシャル空間において、目的とする出力方向以外のすべての選択肢をソフトウェアが瞬時に「遮断(カット)」している状態を指します。
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インパルス的な伝達: 関節間に「遊び(冗長性)」がないため、エネルギーは波として伝わるのではなく、衝撃波(パルス)のように最短距離を移動します。この不連続性が、視覚的には「人間味のない、カクついた動き(ぎこちなさ)」として網膜に焼き付きます。
4. 統合:技術とは「自壊の縁を歩く計算能力」
アスリートが「ぎこちなく」見えるのは、彼らが**「自壊のリスク」を背負ってまで冗長性を削ぎ落とし、純粋な物理量へと自身を変換しているから**です。
彼らのソフトウェアは、滑らかに動くことを目的とせず、**「ノイズが混入する前に、エネルギーを通過させ切る」**という、時間軸における超高速な「逃げ切り」を計算しています。

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