時々考えてきた「非線形な成長」を導く努力の形を考えるの巻。

予測の放棄≒諦め
強さの具体的な性質の一つは「計画通りにいかないのが計画である」を理解すること。
当たり前の人には当たり前。老いていても分からない人は分からない。計画通りに進めるのが「計画」だと思っている。
子供なら分かる。僕がそうだったから。
もしも大人がこう考えていたら危険。僕が近よりたくない人。傍にいると心が削られる人。損をさせられる人。
恋人や友達、親など、周りにいない?あなたの人生から不確実性を排除し、計画通りに生きることを求めくる人。それが人を成長させること思い込んでいる人。

予測と現実の差
予測
人は過去の平均値が今と未来を決定していると錯覚する。分布の形状(ボラティリティー)の持つ意味を無視する。
本当は平均から乖離した現象が今と未来の性質を決めているのに。
「コツコツ積み上げ!」、みたいな気色の悪い宗教にはまって搾取される。
この手の宗教は、信者の「リスク(=不確実性)を避けたい」「予測という免罪符にすがりたい」という性質と相性が良い。
その性質が成長に必要な材料を壊してしまう。
「予測しない」とは、自分の直感やデータ分析が**「ブラック・スワン(予測不能な壊滅的事象)」**に対して無力であることを認めることです。
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陥りやすい錯覚: 多くの人は「より精緻なデータがあれば予測できる」と考え、分析に時間を投下します。これは時間の浪費です。
※これは時間の浪費です。これは時間の浪費です。 -
反脆弱な態度: 未来がどうなるかではなく、**「何が起きても、自分に有利に働く配置(バーベル戦略)」**を事前に作っておくことに知性を使います。
まとめ。
予測は脆弱。
「予測が当たった!」は生存者バイアス。「株価(未来)の当て方」みたいな占い本はバカが買う。
論理的に。
予測しようとすることの脆弱さを理解するのが強さの構成要素。
予測(=計画)が失わせてしまう、あるいは既に失わせている、あなたの本質に目を向けるべき。
僕の経験上、そこに成長を加速させるヒントがある。
また、計画通りに進める為に計画が必要なのではなく、上手くいかない時の為に計画が必要。
ピンチの時のオプション(選択肢)を確保するのが計画であり練習。

「何が起きても大丈夫。これまで何が起きても俺は対応してきた。」が自信。
家と家庭と仕事を同時に失っても、俺はなんとかしてきた。今回もなんとかなる。落ち着け俺。が自信。
「計画通りに戦いを進めよう」という考え方こそが、ボクサーを、ひいてはヒトの精神を脆弱にしている。
対応能力を磨くことは、戦略的にも精神的にあなたを強くする。
形を綺麗にするのが練習ではなく、上手くいかない場合に備えるのが練習。形が崩れたことに対応するのが戦い。
何が起きても対応できることが上手さであり強さ。対応能力が競技能力。
この考え方は、形への執着からボクサーを開放し自由へ導いてくれる。
「大丈夫、俺はどんな状況も乗り越えてきた。今回も俺ならやれる。」
試合前にこう思えてる?
上手くならないのはジム、練習、形に固執してない?あなたの目的に応じて柔軟に変化させられてる?主従関係保ててる?


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