可能性に心を開くことが機会損失を減らし幸運を引き寄せる、という話を別の視点から展開します。
視点となるのは人の認識の原理。
人は比較によって概念を認識します。
1だけでは、それはただの記号でしかありませんが、その後者の2と更にその後者の3を定義すると、1に意味を与えられます。
「女」は、それだけではただの記号です。
対となる「男」を定義して始めて、その特徴は人の認識に顕在化してきます。
外国で暮らしてみると日本の良さが理解できる、と言う話はよく聞きますが、それは人が比較によってでしか、価値の認識ができないからです。
物事や概念を比較することでのみ、人はその性質を明らかにできます。
色々な世界観と比較してみて、そして色々な練習を試してみて、始めてそれらの合理を体感し理解できます。具体的には色んなトレーナーや環境で練習すること。
様々な宗教や伝統、思想を持つ人達と自分を比較するから「自我」が概念化され、意識下に顕在化してきます。似たような人ばかりで構成された集団の中にいる個人は、原理的に自我の認識が困難となります。
同じ日の繰り返しや同じ特徴を持つ人々同士の仲良し小好しは、人の認知能力を弱め、非合理を導いてきます。
同じ人しかいない世界では、あなたはあなたの価値を認識できません。
国の文化や閉じた世界が醸成する同調圧力が、ボクシングという集団をバカにしているのではないかと感じています。

執着心が生む機会損失と偶然を引き寄せるマインドセット
このブログどは「正しいフォーム」に執着すべきではないとお話していますが、今回は執着が生む損失について解説します。執着心と機会損失の論理パンチのフォームを例に分かりやすくパンチのフォームを例に挙げます。初心者の内ってサンドバッグを殴った時の衝...
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