暗黙知と明示知:言語化が運動を妨げるメカニズム

 

暗黙知(運動の本質)

ボクシングのパンチのように熟練した運動技能は、無意識下で機能する手続き的な知識、すなわち暗黙知によって制御されています。

  • 特徴: 意識的な思考を必要とせず、滑らかで効率的であり、パフォーマンスは安定しています。これは、先に議論した「なんとなくやっている」状態です。

  • 本質: 全身の関節の運動連鎖のタイミングであり、これは言語化が非常に難しい感覚的な情報です。

明示知(言語化された指示)

「手打ち」による左フック

「腰を回す」「肘を90度に保つ」といった指導者の言葉は、明示知(意識的、言語化された知識)に当たります。

  • 役割: 初期学習段階で、動作の目標や大まかな戦略を理解するのに役立ちます。

言語化による運動の破綻(Choking)

既に習熟した運動(暗黙知で実行されている動作)を、意識的に言語化された情報(明示知)で制御しようとすると、パフォーマンスが急激に低下することが多くの研究で示されています。この現象は**「再認知化(Reinvestment)」または「あがり(Choking)」**として知られています。

フローを起こす手続き記憶と哲学
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メカニズム:

  1. 運動が無意識の制御(暗黙知)から、意識的な言語の制御(明示知)に切り替わります。

  2. これにより、動作のタイミングを司る自動的なシステムが破壊され、個々の関節の動きを一つ一つ意識して制御しようとします。

  3. 結果、動作はぎこちなく、遅く、不効率になります。

したがって、「腰を回す」という抽象的なシステムの本質を言語で表現することは、その複雑なシステム全体を一瞬で掌握する無意識の能力を抑制し、単純化された部分的な動きに注意を向けさせてしまうという点で、ご指摘の通り本質を失わせるリスクがあるのです。

【ハンドスピード強化】手打ちを強化するトレーニング【パンチ力強化】
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代替となる指導法:外的焦点指導の有効性

この言語化による弊害を避けるため、現代のスポーツ心理学では、学習者の意識を身体内部から切り離す指導法が推奨されています。

指導法 運動への影響
内的焦点 を回せ」「を伸ばせ」 動作の意識化を促し、暗黙知の機能が妨げられる可能性がある。
外的焦点 を突き破れ」「を相手の目線よりも速く動かせ」 動作の結果や環境に意識を向けさせ、身体が無意識に、最も効率的な全身連動のパターン(暗黙知)を選択することを促す。