複雑化
分解⇄構築
ヒトは、認識の対象が大きすぎる場合は分解して理解します。
あまりにも大きすぎる構造は、ヒトの認識には映りません。
宇宙が典型です。
その一部を知覚して理解することはできますが、全体の構造は現時点では殆ど認識できていません。どの程度理解できているかすらも分かっていないのが現状です。
マクロ空間の挙動を正確に予測する力学ですが、ミクロ空間へ持ち込むと破綻します。
つまり、あくまでもそれは近似でしかなく、もしかしたら、人は少しでも宇宙を理解できた気になっているだけで、実際には何一つ分かっていない可能性があるわけです。
ヒトの認識能力では近似すらできない複雑な空間があるかもしれませんから。
形而上学(けいじじょうがく、英: metaphysics)は、感覚ないし経験を超え出でた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性(延いてはロゴス)的な思惟で認識しようとする学問ないし哲学の一分野[1][注釈 1][注釈 2]。世界の根本的な成り立ちの理由(世界の根因)や、物や人間の存在の理由や意味など、感覚を超越したものについて考える[2]。
引用ウィキペディア
ヒトは、目の前にある構造物が何であるかが分からない場合は、それを認識可能な大きさに分解し、一つ一つの破片を取り出して、それらの性質を理解した後で、それらを再構築して全体としての性質を割り出します。
ヒトの強力な能力であり、同時に脆弱さでもあります。
それは無意味さを切り出してしまう可能性があります。
例)
事故にあった人の8割は朝ごはんを食べていた。
だから朝ごはんを禁止したら事故は減る。
例)ハードパンチャーは体が強く捻転されている。
だから強く腰を回せばパンチは増す
こうやって物事を理解不能な程、システムを運用不可能な程、物事を複雑化させてしまいます。


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