基礎基本
ボクシング始めた頃「え?基礎基本に忠実、かつ歴史的な選手いる?むしろみんなめちゃくちゃじゃね?」
基礎基本論は一流の競技能力を説明しません。
天才だから許される?
そうかもしれません。
ところで、車の運転には要求されるのは臨機応変さです。
型にはまった教科書通りでは現実に対応できません。
むしろ、それに固執することが危険を招くことさえあります。
車の運転に限らず、予測不可能な現実においては対応能力(≒臨機応変さ)が要求されます。
挑戦→失敗→挑戦→失敗…
この繰り返しです。修正に次ぐ修正で現実に対応します。
この七転び八起きは赤ちゃんの頃はみんなやってたことです。
計画は守る為にあるのではなく、想像通りに行かない現実に対応する為にあります。
失敗しない(計画通りにやる)❌️
失敗して対応(予想外に対応)⭕️
計画は
Aが起こったらX
Bが起こったらY
Cが起こったらZ
という分岐を記した対応表です。
判断の迅速さを担保する計画
ただし、失敗を遠ざける為の判断の迅速さを担保する為の形式化や計画は必要です。
現実的には、人は迷います。そして機会を失います。
例)「今チャンスな気がする…でも…」
これを防ぐのが計画です。
例)4RまでにプランAが機能しないならプランBへ移行、など
信仰
井上尚弥「シャドーにはこだわる」
フォアマン「バッグ打ちにはこだわる」
ダルビッシュ「筋トレは大切」
イチロー「ライオンは筋トレしない」
迷トレーナー「なるほど…筋トレは不要!シャドーが大切!だってチャンピオンがそう言ってる!」
迷トレーナーは「自己正当化」の為に恣意的に(都合よく)一流の主張を解釈しているに過ぎません。
例)
一流トレーダーA「〇〇指標を用います」
一流トレーダーB「チャートの形状しか見ません」
一流トレーダーC「ファンドメンタル>テクニカル」
自分にとって都合のよい指標を選んでいます。
例)テクニカル派「ファンダメンタルズは無意味!」
ファンダメンタルズ派「テクニカルはごみ!」
人は信じたいものを信じます。
例)
一流セールスマンA「段取りが大切」
一流セールスマンB「直感が大切」
どちらも大切です。いずれかに偏るのが良くないはずです。
宝くじ当選者A「お風呂は右腕から洗います」
宝くじ当選者B「お風呂はシャンプーからです。」
もはや無意味な御呪いです。
以上は自己正当化の為に恣意的に解釈を選んでいる例です。論理的な因果関係はありません。
つまり、「基礎基本」は誰かが自己正当化の為に恣意的に捏造した何かです。
誰かには価値があるかもしれませんが、一般化はありません。
井上尚弥のやり方は井上尚弥には価値があるかもしれませんが、あなたには無価値かもしれません。

対応能力>計画
ハメドはミス(≒変化)に心を開いています。
だからミスをチャンスに変化させられます。
「分類できない動き!」「基本にない動き!」
この価値観が狂っているのであり、それを教える社会が狂っているのです。
ボクサーがパンチの分類に従うのではなく、パンチがボクサーに従います。
家族の構成員を幸せにする為の夫、妻、子供の役割であり、役割の為に家族がいるのではありません。
縄跳びの為にボクサーがいるのではなく、ボクサーの為に縄跳びがあります。

敵を無力化する対応能力
「現実はこうだ」と決めつけるのは脆弱です。
現実が主、信念(思想)が従。
「この道路は時速60km以上で走ってはいない」
という信念は現実の道路では危険です。
※法律違反は推奨してない。
柔軟な信念は「偶然」を取り込みます。
偶然≒チャンスです。
すなわち認知的柔軟性はチャンスを引き寄せます。
「こうあるべき」という心理的な制約のないハメドは可能性に開かれています。だからミス(空振り)が即チャンスに変わります。


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