不安と恐怖、劣等感を食う

よもやま話メンタル

不安と恐怖、劣等感との僕の向き合い方を共有します。

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恐怖、不安、劣等感

スマホに食わすな

不安や恐怖を抱えると、人はそのストレスを回避する為の行動を起こそうとします。

簡単にスマホに解決策を聞いてみたり、他人に軽々しく話したり。それは安心という感情を引き出すためです。

ただ、そうやって安い安心に手を出すことには注意が必要です。

不安や恐怖、劣等感と真に向き合わずに得られるのは束の間の安心です。すぐに消えてなくなります。

例えばインフルエンサーや常識に従うだけの、深く悩み考えることを放棄した投資。
これは金融でもトレーニングでも仕事でも同じ。費用をかけて利益を得ようとする行為全てに言えます。

「これをやればいいのか。良かった。一安心。」

一時的には心は安らぎホッとできます。しかし、この手の安い安心はすぐに消えてなくなります。結局は再び安心を求めて彷徨う作業に戻らなければなりません。

試行錯誤を他人に丸投げし決断を委ねる、という負債には必ず返済期日があります。それも法外な利息つきで。

自分がリスクをとって判断を繰り返さなければ、独自の哲学や世界観は構築されません。そしてそれがない老人は次世代の若さには対抗できません。

判断を他人(スマホ)に委ね、若さ体力という資産を浪費し続けたら、老いてからは使い物にならなくなった体だけが残されてしまいます。それは、厳しく言えば社会の資産を食いつぶすだけの負債。最後には容赦なく社会的に廃棄されます。

現代の姥捨て山のような施設はどの街にも溢れているでしょう。

そうならない為には、不安や恐怖と徹底的に向き合い自分で消化、吸収する必要があります。

一時の安い安心の為に不安を浪費する行為は返済不能な負債を生みだします。

自分で食え

不安や恐怖を他人に話して簡単に手放す行為。

愚痴とか言われる、真の問題解決とは無縁の井戸端会議。飲み屋でカフェで、誰かの悪口を言う行為と言えば分かりやすいですかね。

確かに人に話せば楽にはなれます。だけど悩みを放棄すること、つまり自分自身の問題とその解決の責任を他人にすり替えることに何の意味があるのかを考えてみてください。

不安や恐怖、劣等感に起因した悩みの消化は、膨大な時間と体力を要す困難な作業です。しかしそれこそが最大の栄養です。それを他人に渡すなんてもったいない。
それを渡された人は吸収はおろか消化すらしません。下手をすると食ったフリだけして捨ててます。

恐怖、不安、劣等感は他人(スマホ)に食わせてはいけません。自分で食い尽くしてください。特にボクサーであるなら。

ボクサーなら、負けた後の「がんばった」と褒めてくれるような安い安心は拒否してください。役に立ちません。子供扱いされてます。

僕は「弱い弱い。でもこんなもんじゃないだろ」って言ってくれる人を大切にします。

悩みを手放してはいけません。それを消化し尽くしたら、最高の栄養として知力と体力を養ってくれます。

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この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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