仏教

メンタル

てめーは俺を怒らせた

俺(主観)対俺(客観)承太郎が打倒を目指すディオのスタンドは承太郎のと瓜二つ。承太郎はジョースター家が持つディオとの因縁(≒宿命)を背負う。ディオには、ジョースター家と似ているが正反対の、つまり鏡写しの性質が与えられている。ディオvsジョー...
トレーニング

体は言葉で動かない

技術の獲得体は言葉では動かない体は言葉では動きません。生まれて初めて自動車か自転車のハンドルを握ったことを思い出してださい。膝の肘、腰の動きを意識しましたか?アクセルとブレーキで足首の動きは意識しましたか?そんなことしませんよね。何となくや...
よもやま話

砂糖はヒトをバカにする

砂糖食ってる奴はバカまでの文脈。過激な持論。バカが食うのではなく、食うとバカになる。砂糖は全否定しません。僕も時々食べたくなって食べます。ただし、毎日甘いお菓子をバクバク食ってる奴はバカです。原始的な環境は飢餓との戦い。その恐怖に突き動かさ...
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トレーニング

外野の声との接し方

ここでの外野の声は「スパーリングをしている当事者以外」と定義します。外野の声に従う必要はありません。あくまでも「頭には入れておく」程度。その最中やその先に起こることの結果と責任はボクサーに帰属します。仮に外野の声に従って損失を被ったとしても...
よもやま話

武道と長濱拳法

仏教と長濱拳法の根底にある思想は同じだろうという話はしました。縁起、阿頼耶識、因果応報などは人の認識とそれに伴うフローによる自動制御の話だと解釈しています。長濱拳法は哲学との類似点も非常に多い。孫氏の兵法や宮本武蔵との類似点も多い。世界観や...
よもやま話

人の不幸の正体 主観と客観の混同

不幸は主観と客観の混同により起こっているとする長濱説です。不幸と不運客観と主観主観は「自らの純粋な欲求」。客観は「他者があなたに期待しているはずだと”あなたが”勝手に考えた欲求」、つまり妄想です。どちらも自分の中から湧き上がるもので簡単には...
よもやま話

「超人」「仏教」「貴族」という生き方

仏教の言う「繋縛」はガルウェイの言う「セルフ1」、ニーチェの言う「末人」であり、オルテガの言う「大衆」、ウォシャウスキー兄弟の「マトリックス」。仏教の「解脱」はガルウェイの言う「セルフ2」。ニーチェの言う「超人」であり、オルテガの言う「貴族...
よもやま話

欠点も困難も含めて自分

ボクシングに限らずだとは思いますが、道を突き詰めようとすればするほど自分の未熟さや欠点と向き合う必要が出てきます。自分の弱さに起因した困難とも立ち向かっていかなければなりません。「なんて自分は弱いんだ、ダメなんだ」と悩んだ時期もありましたが...
よもやま話

「大人」とは「子供」とは

仏教的な概念で「大人」とは「子供」とはを定義しようって試みです。大人とはある年齢に達すると自動的に得られる「記号」ではなく、大人という理想の生き方を追求することで与えられる「名誉ある称号」です。「大人 = 旦那 = ダーナ = 与える人」、...
よもやま話

Follow the white rabbit. マトリックスを抜けだす合言葉

タイトルはマトリックスに込められたメッセージ。僕は10代はマトリックスに込められた意味ではなく、SF作品としての仮想現実って世界観に憑りつかれました。30代になるとまた違った解釈になります。ジブリと同じで子供の頃とはまた違った解釈ができてし...
メンタル

「自信」はありのままの自分を認めること

下の記事の焼き増しになるのですが、「自信 = 自分を信じる」とは何かと考えてみます。自信とは言葉の暴力「自信を持て!」。試合前や恋愛、仕事などの大事な勝負事の場面でかけられる言葉です。そう言ってくれる人は励ましを込めてくれているのでありがた...
トレーニング

長濱拳法の根底にある思想

今の僕のトレーニングの根底に流れる思想についてお話します。今回の話は自動制御など、運動の長濱説を知っている必要があります。要求されるのは臨機応変さ自分で自分を定義しない僕は自分で自分を定義しようとして苦しみました。「こうなりたい」「こうある...