トレーニング

フローな技術習得

フローな生とフローな死は人生をより楽しく生きることを肯定する哲学という側面が強く、ボクシングに落とし込むのか難しいかと思います。 しかし、僕がフローな生と死について閃いたのはボクシングの練習中です。楽しく技術を習得したいという欲求が根底には...
数学とか

認識と論理包含と混乱

論理学は人の認識の一般化です。人が開発したのだから当たり前ではありますが、見落としてしまいがち。人の認識を土台として集合や写像という概念は開発された、という視点に立てば数学の見え方が変わってきます。複雑に見える概念であっても、集合や写像とい...
トレーニング

礼儀と服従

格闘技や武道、スポーツは礼儀を身につけられます。ただし、それは常に自然発生的な学習で身につく"心"であり、机上で手に入る"知識"とは全くの別物です。子供にお作法なんて教えたところで上手くなるのは人を欺くこと、服従することだけ。そんなお勉強に...
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よもやま話

認識の一般化

集合論やろうと思って入門書まで買ったのに。脱線に次ぐ脱線で全く意図しない方向へ走りだしてしまっています。証明の正しさとは何かってことで数学の定義する正しいを見ていきました。演繹、三段論法と推論規則などなど。納得したと思ったらまだモヤモヤする...
トレーニング

今に集中した結果が限界を引き寄せる

走りながら閃きました。「限界を超えよう」とするから辛いのだと。限「界を超える」のはあくまでも結果であり、目的ではないのだと。「限界を超えろ」は方便結末と始り終わることのない、無限に続く階段の終点まで眺めようとするから気が遠くなるのです。刮目...
よもやま話

フローな死

真のありのままを目指して「自分の表現」したいことはなんだろう、どんなボクシングが好きなのだろうと自分に問いかけてきたのですが、それは無駄なことだと悟り始めました。ありのままを目指すこともまた執着です。動き続ける心を追う徒労常に揺れ動く自分の...
メンタル

フローな生き方

ボクシングの世界観は常に今の連続、今→今→今です。実戦では練習や計画は敢えて捨て去ります。そしてこれはボクシングだけにとどまらず、他のスポーツや仕事、人間関係にも応用できると感じます。運命に身を任せる生き方がフロー。「流れに逆らわず身を任せ...
戦略

闘争本能の命題

実戦においては襲い掛かるタイミングだけ計っていればいいんです。「今か、今ではないか」これだけが闘争本能の命題で、これ以外には興味を持ちません。闘争本能 = 自動システム現時点での実戦における結論が出たような気がします。それは「今か、今ではな...
よもやま話

悪党ですら自分を語らない時代

世は世紀末。- 悪党ですら自分を語らなくなった時代 -お前は誰?世界は行動の反射により作られる僕の住む世界は僕の行動の反射により形成されます。他人を非難すれば、僕を非難する人で世界は溢れ、他人の行動を偉そうに語れば語るだけ、僕の世界は他人で...
数学とか

帰納と演繹と推論の妥当性

前回は「そういえば当たり前のように数学の証明の手続きを受け入れてしまっているけど、推論の確かさの定義ってどうなってんの」ってことで一通り調べて、一応の納得できました。その時はそれで終わったのですが、ふと車の運転中に「『前提が全て真なら結論も...
よもやま話

教育の目的は子供の自我同一性(アイデンティティ)の獲得を助けること

娘と会う時間は普段会えない分だけ濃厚で、なかなか会えないからこそ親として僕が娘にしてあげられることは何かと考えます。魂考えた末導いた僕が親としてできる最初の仕事は、遊びを通じて僕の価値観(生き方)を彼女へ伝えること。次にこの世界には宗教など...
数学とか

素数が無限にある証明を背理法で

論理的に正しいと定義される推論の形式の続き「背理法」を見ていきます。背理法定義【背理法】とは、ある命題 P を証明したいときに、P が偽であることを仮定して、そこから矛盾を導くことによって、P が偽であるという仮定が誤り、つまり P は真で...