余弦関数の定義域が実数全体である話

数学とか
数学とか

代数的数の濃度の疑問を解決しようと書籍やネット、AIを漂っていたらまた数学の深み(泥沼)にはまりました。何故か三角関数をやっています。

ところで、最近は数学の勉強をしていると「行列」「ベクトル」への強力な引力を感じてしまいます。これに引き寄せられているような気がします。

スポンサーリンク

カントールの執念

今回は三角関数の「余弦関数の定義域が実数全体」について。

結論に辿り着けば「なぜ疑問に思ったのか」が疑問になってしまうようなことなのですが。

ただ、感覚的な違和感を追求する過程でカントールが「連続性」「実無限」の構成に病的なまでに執着した理由が垣間見れた気がします。

ゲオルク・カントールは晩年に重度の精神疾患(うつ病や精神発作)を繰り返し、ハレのサナトリウム(療養所)で亡くなりました。

精神病の原因と背景
数学的な孤立と批判: 集合論や「無限」の階層(超限数)という革新的な理論を発表したものの、当時の数学界の重鎮レオポルト・クロネッカーらから激しい批判や人格攻撃を受け、深く苦悩しました。業績の不当な評価: 自分の偉大な業績が理解されず、認められない状況が続いたことが精神的ストレスとなり、鬱病を引き起こしたとされています。

病状と最期: 1884年頃に最初の深刻な精神病の発作を起こし、その後も入退院を繰り返しました。晩年は精神的に不安定な時期が長引き、1918年に療養所で生涯を閉じました。

Gemini

閑話休題。

余弦定理の定義域

-∞≦x≦∞

円周は「直径(2r)×円周率=2πr」なので、一般的にはラジアンは$\frac{π}{n}$で表されます。

今回の違和感の発端の一つは「実数をπで除した値が必ず実数と対応する」って本当?」って疑問。
πはランダムな数の組み合わせです。除した瞬間に未知の空間に移動する可能性はないの?と

「別の空間い飛ばされる可能性はないの?」に関しては「公理」でそう定めたから、で解決です。

公理(ルール)」が保証する実数の世界「なぜ実数を $\pi$で割っても実数なのか」の答えが 「公理でそう定めたから」 というのは、数学における最も本質的な理解です。実数の世界は、私たちが「四則演算0での割り算を除く)をしても絶対に外に飛び出さない」というルール(体の公理)を満たすように厳密に設計・定義された空間です。だからこそ、$\pi $ という複雑な無理数で割っても、実数という安心安全なフィールドから一歩も出ないことが約束されています。

Gemini

$\frac{π}{n}∈\mathbb{ Z } $?

「πを任意の実数で除してら実数になるの?」の次の疑問は「ラジアンで整数を構成できるか?」です。
つまり「1ラジアン」を円周率を用いて表現できるか?

半径1の円を選んでラジアンの周期性を利用してあげれば任意の整数aは
$\frac{aπ}{π}=aラジアン$
と構成できます。
例えば上の例でいれば、「半径1の半円(周π)をπ(3.14…)分割すれば1ラジアンが手に入ります
ラジアンは無限に、かつマイナス方向にも回転させられるので、整数は網羅できます。

$x = 1$ :半円を $\pi $ 分割したときの 1 つ目の位置(約 $57.3^{\circ }$)
$x = 2$ :2 つ目の位置(約 $114.6^{\circ }$)
$x = 3$:3 つ目の位置(約 $171.9^{\circ }$、半円のゴール $\pi \approx 3.14$ のわずか手前)
$x = 4$ :4 つ目の位置(半円を超えて下半分に入ったところ)

円周4の円の半円は弧の長さが2、それを2分割した弧の長さは1。
半径1の円周は2π、その円の半円は長さがπ。π分割して一つ取り出すと長さは1(ラジアン)。

余弦関数には無限の周期があるので、1000000…でも、50000….でも、987654321でも、適当な回数で回転させればラジアンの中に任意の整数を構成できます。多分

同様の論理を敷衍すれば、 いかなる実数でも構成できそうなのは直感できます。
$\sqrt{2}π$ラジアンを$π$分割した長さが$\frac{\sqrt{2}π}{π}=\sqrt{2}$ラジアン。

次の疑問。
円を無限に引き伸ばしても実数直線と一対一対応するの?

xy座標を無限に引き延ばす

物理的に紐で円を描きます。その空間を「無限に」引き伸ばします。
そしたら紐はちぎれてバラバラになりそうではありませんか?直感的には、同様に実数も「無限に引き延ばすなら」バラバラになりそうです。

しかし、この場合は縮小拡大したら微分が無力化される可能性があるので困ります。解析学がゴミになる。

これが今回の疑問の終着点です。
空間を引き延ばすと実数がちぎれてしまう問題を厳密に解決する為に、カントールやデデキントは「連続性(デデキントカットォッッ!)」や「実無限」と格闘したのかなと。

歪んだ空間の開拓者:リーマン

1854年、リーマンは「リーマン幾何学」という新しい数学を発表しました。これは、「まっすぐな数直線や平らな面」を飛び出し、「歪んだり、曲がったり、でこぼこしたあらゆる空間」を数学の対象にする画期的なものでした。
リーマンは、そうした歪んだ空間であっても、細かく拡大(ズームイン)していけば、その局所(ごく狭い一帯)は「平らな実数の世界(ユーリッド空間)」と同じように扱えると考え、そこで微分積分(解析学)を行える仕組み(多様体)を作りました。
のちにアインシュタインが「重力で歪んだ宇宙空間」を計算する際に使ったのが、まさにこのリーマンの数学です。

リーマンの空間が抱えていた「アキレス腱」

しかし、リーマンの数学には大きな弱点がありました。それは、彼もまた空間の基礎を「実数とは何か、連続とは何か」という人間の直感的なイメージに頼ってしまっていた点です。
空間を「引き伸ばしたり、ぐにゃぐにゃに歪めたり」するとき、リーマンの定義のままだと、以下のような極限状態(ミクロの視点)で論理的な破綻が起きる危険がありました。
    • 「歪めるプロセスを無限に繰り返した果ての空間は、本当に破れずに繋がっていると言えるのか?」
    • 「関数の値がいたる所で激しく不連続にジャンプするような状況でも、空間の形を保てるのか?」

カントールとデデキントの役割:「空間の定義」の抽象化

ここで登場するのが、カントールとデデキントです。彼らは、リーマンが切り開いた「歪んだ空間」をも内包できる、さらにタフで厳密な土台(基礎工事)を行いました。
彼らは「空間を、目に見える『図形』として捉えるのを用意周到にやめよう」と決めました。その代わりに、空間をただの「実無限の点(要素)が集まった『集合』」として定義し直したのです。
    • デデキントは実数を厳密に定義し、空間がどれだけ歪められ、引き伸ばされても「絶対に裂け目(穴)ができない連続性」を論理的に保証しました。
    • カントールは点の集まり(点集合論)を研究し、たとえ「線の一部を無限に間引いて作った、スカスカで歪んだ点だらけの構造(カントール集合)」のような極限の空間であっても、そこに実数と同じだけの「連続体の濃度(無限のサイズ)」が宿ることを証明しました。 

選択公理が要請された理由
非可算な実無限有限の感覚が崩壊する無限の世界観ベルンシュタインの定理を勉強していく過程で「実無限」の面白さや奇妙さついて少しだけ知ることができました。「実数の隙間を無くしたい(微積分を完全にしたい)」という数学者の切実な欲求が、無限を実体化...

実無限は、「数が現れてくる素朴な数のイメージを破壊」し「数はそこに最初から存在している」という一見すると奇妙な解析学からの要請を達成しました。

「無限」に魅入られた天才数学者たち (ハヤカワ文庫NF) | アミール D アクゼル, 青木 薫 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon
Amazonでアミール D アクゼル, 青木 薫の「無限」に魅入られた天才数学者たち (ハヤカワ文庫NF)。アマゾンならポイント還元本が多数。一度購入いただいた電子書籍は、KindleおよびFire端末、スマートフォンやタブレットなど、様々...
漫湖公園筋トレ部

現在参加2名
パーソナルトレーニング応募ののリンク

スポンサーリンク
Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

股関節おじさんをフォローする
スポンサーリンク
スポンサーリンク
シェアする
股関節おじさんをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました