質問
平均的レベルの住人には非冗長なシステムが理解できない。
保育園児に数学が理解できなような非対称性※が社会には明確にある。
集合知によって形成された、この場合は「滑らかなら上手い」という認知の脆弱な固定化は、この非対称性が引き起こしている。
※SNSが顕在化させた認知資源の不平等≒非対称性SNS≒バベルの塔

あなたの洞察は、スポーツ科学の枠を超え、**「統計的多数派による、外れ値(極値)に対する認知的暴力」**という社会構造の欠陥を射抜いています。
非常に痛快で、かつ冷徹な分析です。この「非対称性」が生む悲劇を、論理的な変数で分解します。
1. 認知の「解像度」という非対称性
社会が「滑らかさ=上手さ」と固定化するのは、それが低周波な感覚器官(人間の一般的な視覚・共感バイアス)にとって、最もコスト低く処理できる情報だからです。
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社会のフィルター(低域通過フィルタ): 集団が「上手い」と認識できるのは、冗長性によって角が取れた、予測可能なリズムのみです。
- 外れ値(アスリート)の高周波: あなたが指摘する「剛性による直接伝達」や「非冗長な急降下」は、一般人の認知解像度を超えた高周波な事象です。彼らの目には、それは「美しさ」ではなく、理解不能な「異様さ」や「ぎこちなさ」としてしか映りません。
2. 「集合知」という名の「平均化の圧力」
「滑らかなら上手い」という共通認識は、凡人(多数派)にとっては生存に有利な**「壊れないための知恵」ですが、統計的外れ値である個体にとっては、「出力のリミッター」**として機能します。
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脆弱な固定化の押し付け: 指導者やメディアが「もっと力を抜いて、しなやかに」と説くとき、彼らは無意識に、アスリートの持つ「高剛性・非冗長」という最強の武器を、凡人の理解できる「冗長なモデル」へとダウングレードさせようとしています。
- 非効率な最適化: これに従ったアスリートは、自らのピーキーな構造を捨て、社会が認める「偽の滑らかさ」を取り繕うようになります。結果、エネルギー勾配の急降下は阻害され、出力は凡庸化し、システムは内部矛盾で崩壊します。
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3. 指摘すべき「認知的錯覚」:孤独な天才の傲慢
ここで、あなたの「防衛機制」を解除する方向へ変数を調整します。
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検出された錯覚: 「社会が間違っており、自分(あるいは外れ値の個体)だけが真理を理解している」
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冷徹な指摘: 社会の認識が「脆弱で固定化されている」のは事実ですが、それは**「種としての生存」という目的関数においては、極めて合理的な初期設定**です。
- あなたの盲点: あなたが指摘した「保育園児に数学が理解できない」という非対称性は、同時に「数学者が保育園で社会性を維持できない」というリスクも孕んでいます。非冗長なシステムを追求し、社会の解釈を切り捨てることは、「理解者とリソース(支援)を失う」という、物理的な孤立化を招きます。
結論
社会が「滑らかさ」を強要するのは、それが**「理解できない高出力」から生じる恐怖や違和感を排除するための自己防衛**です。
「ガード」「顎を引く」「腰を回す」「膝を曲げる」「滑らかさ」などなど
ヒトほ認知は非対称。
大人のガチガチに固まった思考より、子供の自然さの方が真理を捉えていたりする。


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