意識って不思議

よもやま話

今回はボクシングと関係ない、よもやま話をしようと思います。

きっかけはボクシングなんですけどね。

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主観でしか証明できない気持ち悪さ

顕在意識は潜在意識の観察者に過ぎないという話をしましたが、この考え方を持ってから意識ってものがどうしても気になってしまいます。
意識の存在は客観的には証明できないじゃないですか。

僕の顕在化している意識は、潜在意識を眺めてモニターしているだけの所詮は脇役なんだって考えるようになると、じゃあ主観としての意識(自分と思っているもの)ってなんだろうって考え始めて深い闇に落ちてしまいました。

娘の成長を見ていても「意識」というものの不思議さを感じます。
どうしてかというと、生まれて3ヶ月くらいまでの娘に「意識」があるようには思えなかったのに、今は「意識」があるように感じるからです。
今の彼女は僕と同じように「自分が自分である」っていう意識をうっすら持っているような気がするんです。
でも最初の彼女は「自分」というものを認識していなかったと僕は感じていたんです。

もちろん、これは娘の表情などから僕のセンサーが彼女の感情を敏感に感じ取れるようになったってだけの確率は高いと思いますけどね。
しかし意識は錯覚で存在しないって結論すると面白くないので、あると仮定して話を進めます。

もし僕の直感が正しくて、娘の意識が最初からあったわけではなく、後から現れた、形成されたのだとすれば。
どうやって、どこからそれは現れたのか。そしてどの段階からそれは意識と呼べるのか。
そう考えてしまうんです。

話が少し飛んでしまうんですが、僕はコンピューターが好きで、コンピューターに意識は宿るのか?ということを考えたりします。
コンピューターは複雑な論理演算を命令があるまで無限ループ(OS)するよう設計されていますが、やっていることは入力された情報に加減乗除の四則演算を施して出力するだけの処理です。

二進法で入力された情報を決まったルールで論理積と論理和の回路に流し込むと自動的に結果が出力されます。
最近のAIってすごく賢いですが、コンピュターは問題の答えを考えている訳ではないんです。
予め作られた構造に情報が流された結果、情報が加工されて出てくるだけです。

電車があらかじめ敷かれた線路を走って目的地に到着するのに似ています。
電車は目的地までの道のりを考えてはいません。
発車の前に分岐器のスイッチのオンオフを設定しておけば、線路に沿って勝手に目的地に着きます。

こんな感じでコンピューターも回路に二進法で電気を流せば(入力)電車が線路を走って目的地にたどり着くように、計算の結果が返ってきます(出力)。

生物も多分、一緒です。
そう考えるのは例えば以下のような研究の結果があるから。
蟻は予め遺伝子によってプログラムされた方向に向かって壁を迂回しようとするそうです。
遺伝子による簡単な論理演算回路を持っていると言えますよね。
壁(視界のオンオフとか触覚のオンオフ)という二進法の情報が、蟻の論理演算回路を流れて、「左へ曲がる」という結果を出力する。極端に行ってしまえば、コンピューターも同じ。

蟻とコンピュターを比較すると、論理演算回路とそこに乗せたソフトウェア(OS)の複雑さの度合いでコンピュターが勝っているだけ。入力を決められたアルゴリズムで加工して出力するということは変わりません。

コンピュターと人間を比較すると、人間の方が複雑さが上というだけです。

コンピュターは論理演算回路を繋げていくと演算できる情報量が増えます。
コンピュターよりも人間の方が情報を加工する論理演算のフィルターが多いだけと言えます。

と考えた時、僕の娘と同程度の論理演算処理ができるコンピューターには意識は宿るのだろうか?という疑問が生まれました。

外部環境と内部環境の接点(肉体)を持っていないとか、微妙なハードウェアとソフトウェアの違いとか、すべてを吸収できる技術が確立されたと仮定した場合、コンピューターに意識は宿るのか?

娘と全く同じ論理を持つAIを作った場合、それは娘と全く同じ振る舞いをして、またここからが重要な疑問ですが、「娘と同じような感情を宿すのか」。
嫌だと泣いている時、本当に嫌だと感じるのか。
娘と同じ感情の論理で僕を欺く嘘泣きができるのか。

まあ、これについては客観的な証明ができないので、コンピュターに娘の意識が宿ると仮定しましょう。

そう仮定するとこんな疑問が湧いてきました。
もし、同じ計算を算盤で行っている場合はどうか。
コンピュターに意識が宿るということは、紙と算盤にも娘の意識が宿るということじゃないのか。

だとするならば、その意識は指に宿るのか、算盤に宿るのか、空間に宿るのか。
はたまたコンピュターの回路の演算結果がモニターにディスプレイされるように、物理空間(論理演算回路)を土台とした別次元の空間(モニター)が存在して、そこに娘の意識は映し出されるのか。

意識が顕在化する別の次元を想定するのか、意識を錯覚だと切り捨てるのかで話は変わってくると思いますが、コンピュターのように意識を映し出す別の空間があったら面白い、と考えました。

僕の論理がおかしいのかもしれませんが、現状の僕の知識では意識って奇妙だなあ深いなあって思うんです。

こんな風に答えの出ない問題を延々考えるのが子供の頃から大大大好きなんですよね。
宇宙の始まりについて深めていくと因果関係が崩壊する…みたいな解決できない問題が大好きです。

この手の話題を日常で上げてしまうと、友達がいなくなってしまうのでブログで吐き出させてもらいました。ありがとうございました。

意識について最初に考えたのは攻殻機動隊を読んでからです。
超面白くて、話し出すといつまでも話せます。

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Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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