哲学

数学とか

集合と含意と認識

WIISの述語論理の章が終わり集合論へ突入するのでその前に自分なりに論理と集合を結びつけてみます。部分集合と含意集合と含意は人の認識を厳密に考える為のもので、同じものであるというのが長濱説です。含意と部分集合でそれを説明してみます。A⊆BA...
よもやま話

ブッ殺すと心の中で思ったならッ!

「ブッ殺す」…そんな言葉は使う必要がねーんだ。なぜならオレやオレたちの仲間はその言葉を頭の中に思い浮かべた時には!実際に相手を殺っちまってもうすでに終わってるからだッ!だから使った事がねぇーッ「ブッ殺した」なら使ってもいいッ!その時スデに行...
メンタル

未来のことを心配しても仕方がない

今なすべきことをなせ【為すべきことを為せ】『バガヴァッド・ギーター』に 収められています。 自分の感情や行為の結果にとらわれず、為すべきことを為せということです。未来はどうなるか分からない未来は不確実で何が起こるのか、上手くいくのか苦労する...
よもやま話

ガラクタに目が眩んでる間に人生は終わる

またセネカの「人生の短さについて」から引用します。人生の短さについてガラクタ世俗的な正しさの為に生きるのか、それとも自分の正しさを身をもって証明するのか。人生に生きられるのか、人生を生きるのか。心が躍動するのは「認めてもらう」ではなく、「認...
よもやま話

他人の目を気にしてる内に人生は終わる

古代ローマの哲学者セネカの本を簡単に紹介します。何故生きるのか?を見失い、生きるために生きる現代社会には必要な処方箋だと感じました。人生の短さについてセネカの主張は一貫していて、それは「他人の為に生きるな」です。勿論、みなさんは自分の為に生...
よもやま話

フローは自分を愛すること

フローは自分を愛することなのだと認識できるようになりました。娘への愛がきっかけだと思います。前置きが長くなりますが、まずは愛についての長濱説。僕は娘と出会い、始めて真の愛を知りました。その愛の力によって僕は僕の中の常識という、誰かに植え付け...
よもやま話

ボクシングは哲学だ

判断の連続がボクシング。判断の源は哲学です。つまり、ボクシングとは哲学です。自らの哲学を創る哲学が判断を作る【哲学】世界や人生の究極の根本原理を客観的・理性的に追求する学問。 とらわれない目で事物を広く深く見るとともに、それを自己自身の問題...
よもやま話

真(まくとぅ)そーけー なんくるないさの真意

「真(まくとぅ)そーけー なんくるないさ」僕の好きな言葉です。沖縄では誤用されている気がしますね。「仕方ないね、何とかなるよ」みたいな悪い出来事の後に励ますように使われることが多いと思います。沖縄人の気質とか言葉の柔らかい響きで誤解されてい...
メンタル

運命を信じる 勝負や本番で自分自身の重圧を取り除く考え方

自分を信じろってよく励まされますけど、自分を信じるって難しいですよね。そもそも自分の何を信じればいいのかが分からない。自信て得体の知れないものだけど、それがないと本番で緊張したり、本番が近づくにつれて焦って正気を失ってしまったりします。今回...
メンタル

結果は支配できない

今回はメンタルの話で、これは僕がとっても大切にしていることでもあります。本番で緊張してしまう方、自分の将来に不安を感じている方の参考になればと思います。人事を尽くして天命を待つ結果は神が決める結果というのは色んな物が複雑に絡みなって生み出さ...