トレーニング

腸腰筋活性化エクササイズ

腸腰筋エクササイズきっかけは長岡の運動の傾向として、前腿が効きやすく骨盤の前傾が崩れやすいということを僕が指摘したことです。ももを持ち上げる動は骨盤の前傾を維持したまま腸腰筋で脚の付け根を持ち上げる動作と、大腿四頭筋で骨盤を後傾させながら持...
数学とか

認識のパズルと演繹

証明の確かさって一体どう定義されているのだろうと思い立ってネットを彷徨、妥当性や健全性って定義に行き着きました。確認が終わったところで、どうしてそれが正しいと仮定されたいるのかと再び疑問が浮んでネットを再び彷徨。一応の解釈に行き着きました。...
よもやま話

大阪歴史博物館で感じたの日本人の思想

大阪歴史博物館へ行ってきました。歴史の面白さ経済から、人々から、人物から…などなど色んな読み解き方ができ、会釈の仕方で見え方がまるっきり変わってしまうことが歴史の面白さだと思います。経済的なシステムがどのように人々の価値観を創り、どう歴史を...
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数学とか

必要十分条件と集合と同値関係

定義は定義として受け入れるとして、その心が知りたくなるのが人情。十分条件と必要条件を定義に背後にある心を考察していきます。必要十分条件と同値関係必要十分条件というわけで十分と必要の日本語から。【十分・充分】《ダナノ・副》物事が満ち足りて、何...
トレーニング

フローによる思考

欲求はセルフ2であり潜在意識、理性はセルフ1であり顕在意識。この2つが調和した状態こそがフローであり、強さの源泉です。潜在意識と顕在意識の調和違和感は潜在意識の言語皆さんは体のもたつきを感じますか。想像しているようなスピードでパンチが打てな...
数学とか

論理包含と必要条件と十分条件と同値

論理包含の演算規則はは認識を一般化したものだと仮定して、もう少し論理包含について認識の側面から考えます。論理包含の定義から同値という概念を演繹出来ます。僕がずっと抱いている「なぜ同値の定義の形はそうなっているのか」という疑問の答えへ繋がって...
よもやま話

ニーチェ「神は死んだ」

ニーチェのツァラトゥストラの物語は「神は死んだ」から始まります。現代社会の僕達の姿を予言、風刺した含蓄のあるの表現だと感じます。オウム神理教の影響や戦後のアメリカ統治の影響からか、日本人は宗教観を持たないどころか(無自覚には持っているが)、...
トレーニング

フローな技術習得

フローな生とフローな死は人生をより楽しく生きることを肯定する哲学という側面が強く、ボクシングに落とし込むのか難しいかと思います。しかし、僕がフローな生と死について閃いたのはボクシングの練習中です。楽しく技術を習得したいという欲求が根底にはあ...
数学とか

認識と論理包含と混乱

論理学は人の認識の一般化です。人が開発したのだから当たり前ではありますが、見落としてしまいがち。人の認識を土台として集合や写像という概念は開発された、という視点に立てば数学の見え方が変わってきます。複雑に見える概念であっても、集合や写像とい...
トレーニング

礼儀と服従

格闘技や武道、スポーツは礼儀を身につけられます。ただし、それは常に自然発生的な学習で身につく"心"であり、机上で手に入る"知識"とは全くの別物です。子供にお作法なんて教えたところで上手くなるのは人を欺くこと、服従することだけ。そんなお勉強に...
よもやま話

認識の一般化

集合論やろうと思って入門書まで買ったのに。脱線に次ぐ脱線で全く意図しない方向へ走りだしてしまっています。証明の正しさとは何かってことで数学の定義する正しいを見ていきました。演繹、三段論法と推論規則などなど。納得したと思ったらまだモヤモヤする...
トレーニング

今に集中した結果が限界を引き寄せる

走りながら閃きました。「限界を超えよう」とするから辛いのだと。限「界を超える」のはあくまでも結果であり、目的ではないのだと。「限界を超えろ」は方便結末と始り終わることのない、無限に続く階段の終点まで眺めようとするから気が遠くなるのです。刮目...