バカの法則その六

よもやま話
バカの法則その五
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「認知の歪み=空想」が承認欲から生まれてくる、とする長濱説です。

防衛機制(ぼうえいきせい、defence mechanism)は、受け入れがたい状況、または潜在的な危険な状況に晒された時に、それによる不安を軽減しようとする無意識的な心理的メカニズムである[1]

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DIE HARD

自らの矛盾や失敗や間違いを認める行為は、本能的な不快さを導きます。

それは太古の自然においては、高確率で死を意味したから。

しかし冷静に考えれば、現代において死を伴うような選択が要求される場面はほとんどありません。むしろ失敗は「成功の母」として、歓迎されます。

が、太古の感性に支配されたヒトは自らの矛盾や失敗や間違いを認めたがりません。保身の為に、子供でも分かるバカバカしい論理でそれらを偽装し心を守ります(防衛機制)。

例えば「善意」という偽装。

「善意の名の元に、他人に自分の承認を要求する」。
これは僕自身にも心当たりがあるし、皆さんもそうだろうと予想します。

本能は、自分自身の心ですら欺きますから、単に承認欲を垂れ流しているだけなのを、「他人への善意である」と錯覚させます。

例えば、SNSで無関係の他人の人生へ、善意という偽装を施して不当に干渉する無責任な行為。彼らには、善意という偽装を施した承認欲を垂れ流している自覚はありません。当然ながらその発言の責任なんて感じていません。

他の典型なら、正義の名のもとに無関係の他人を私刑する行為も挙げられます。彼らはそれが独善的な、法的にも社会的にも不当な行為であることを認識しません。防衛機制がそうさせません。きっと、自らにはその権利があると、社会的に正しいことであると、本気で思っています。

「善意だ(私を承認しろ)」
この含意になっています。

全くの無関係の他人へ干渉することが、善意という形に偽装された承認欲である事実には気が付きません。バカだから。

他の典型例は技術指導。

「こうしろ(根拠なし)」
技術指導という形に偽装された「私を認めろ」という承認の要求。

面倒なのは、本人の心もその偽装に欺かれてしまっていること。恐らくは本当にそれが善意であり、確かな根拠があると錯覚しています。だから、他人が自分の承認の要求を拒絶すると怒り狂います。
「善意を蔑ろにするのは悪!」と。

根拠論拠のある結論を共有しているのではなく、単に技術指導という偽装を施して承認欲を垂れ流しているだけです。真にその人の人生を良い方向へ導こうとするのなら、いい加減な技術指導はできません。それが人生の選択を左右する可能性がありますから。

仮に根拠が曖昧なままであるなら、当事者がどう感じていようが、それは承認欲の垂れ流しでしかありません。

目の前のその人が、仮に世界王者であったとしても、その技術論を自信を持って言えるのか、を自問自答すべきです。

もしもそうでないなら、それは真理の話ではなく、単に偽装された、承認欲の垂れ流しだと僕は解釈します。

承認されたい、という欲求を防衛機制が「善意」に偽装しています。

以上は、現実と整合しない空想のような技術論を蔓延させている論理であることも推理できます。無責任に承認欲を垂れ流すからガラクタで溢れる。

補足。

承認欲は自然な欲求です。それ自体の否定はできません。しかし、それが他人の人生を破壊する可能性があることは認知し、また、それが単に「すごい人だと思われたい」欲だけに駆動された行為ではないことを自問自答する必要があります。

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Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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