運命を信じる 勝負や本番で自分自身の重圧を取り除く考え方

メンタル

自分を信じろってよく励まされますけど、自分を信じるって難しいですよね。
そもそも自分の何を信じればいいのかが分からない

自信て得体の知れないものだけど、それがないと本番で緊張したり、本番が近づくにつれて焦って正気を失ってしまったりします。

今回は本番に備えて一体自分の何を拠り所とすれば緊張や不安から開放されるのか、僕の考えを共有させていただきます。

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やるだけやったのなら、運命を信じろ

弱い相手であれば「勝てる自信がある」は簡単ですよね。
見れば勝つか負けるかは直観します。
でもある程度のレベルからそんなことにはなりません。
必死に物事に取り組んで、競争を勝ち抜いてきた者同士の戦いでは大きな優劣が付かないからです。

大体が「勝てるか負けるか分からん」と直感します。
他にも人生の転機となるような大事な勝負事に挑戦するときも同じです。
普通は「成功するか失敗するか分からん」だと思います。

ほとんどの場合他人は「自分を信じろ」って励ましてくれます。
だけど率直に言って僕はその励ましに救われた経験がありません。

で、本番が迫ってくるとどんどん不安になるんです。
自信がないから「成功させなければならない」「勝たなければならない」という考えに雁字搦めに縛り付けられて練習で発揮していた力を奪われてしまいます。

僕は自信とはなんだと考えました。

試行錯誤を繰り返した結果、僕が自然と辿り着いた答えは「自分自身の運命を信じる」です。

「一生懸命やった、後は神のみぞ知る」
「運命が繋がっている方向に導かれて進む」

勝ち負けは運命の通過点に過ぎない、より良い方向に導かれている過程だと考えました。

そう考えると失敗もより良い方向へ向かう過程だと受け入れられるようになって心が軽くなりました。
成功をプラス失敗をマイナスと捉えるのではなく、運命の通り道だと考えられると自分自身の「勝ちたい」という重圧から解放されます。

僕の足枷は常に僕自信でした。
「負けたら終わり」と自分にプレッシャーをかけると身体は強張り、緊張して本来の力を失います。

運命を信じるとは、言ってしまえば自分自身の責任を神や運命に転嫁することです。

そうすることで重圧から解放され、力を発揮できるようになりました。

信仰が人を勝負強くする

僕は信仰がある人の方が強いと考えています。
“GOD”でも八百万の神でもなんでもいいんです。

試合や人生を賭けた勝負で「自分は運命に導かれるままに進んでいるんだ」と自分自身の責任を放棄して、神に転嫁してしまえば、勝負の足枷となってしまう重圧から解放され、本来の実力を発揮できるようになると考えているからです。

仮に失敗しても、それが運命だった。
そう受け入れることで、後悔や自責の念から開放され、すぐにリスタートすることもできます。

その失敗によって得られたカードこそ、次のもっともっと大きな舞台において切り札となってくれるものだと考えることもできるはずです。

新たなことに挑戦するときもそう考えることができれば失敗を受け入れる覚悟が決まり、足踏みするだけで体力を失うことを防ぐことかできるはずです。

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Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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