仏教哲学

よもやま話

矢は敵ではない、だが味方でもない

事実と解釈事実(現象)に敵味方はない。あるのは解釈。事実と解釈は違う。ヒトは事実と解釈を区別しない。株価暴落。ある人はそれを嘆き、ある人は喜ぶ。大損した事実は変えられない。しかし解釈は選べる。後者には「千載一遇の機会」。前者には「人生の終わ...
メンタル

てめーは俺を怒らせた

俺(主観)対俺(客観)承太郎が打倒を目指すディオのスタンドは承太郎のと瓜二つ。承太郎はジョースター家が持つディオとの因縁(≒宿命)を背負う。ディオには、ジョースター家と似ているが正反対の、つまり鏡写しの性質が与えられている。ディオvsジョー...
よもやま話

信念の自家中毒

信念の正当化ガードはディフェンス何故ならば、相手が打てる場所を隠すから。ガードはディフェンスを損なう何故ならば、反射や動作の自由度を制限するから。※「攻撃は最大の防御」的解釈移民は社会に悪影響何故ならば、移民は同化しないなら。移民は成長の源...
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よもやま話

「群」って何がしたいねん

公理主義実数論集合 G とその上の二項演算 μ: G × G → G の組 (G, μ) が群であるとは、以下の3つの条件を満たすことをいう:(結合法則)任意の G の元 g, h, k に対して、μ(g, μ(h, k)) = μ(μ(g...
メンタル

可能性に心を開くディフェンス

可能性に心開くあえてサウスポースタンス「可能性に心を開く」は僕が苦手なことです。でもそれは、このブログで再三伝えてきたように、非常に大切なことです。それと比較するなら、個々の技術論は無価値です。可能性に心を開くことは、きっと読者のみなさんも...
よもやま話

宗教

ダイアモンド博士の、人類学的に宗教を定義しよう、という議論が面白いと感じましたので、僕も真似して遊びます。宗教の定義は難しい。一つは、「神の存在の有無」で分類できてしまうこと。ユダヤ教から派生した宗教には神がいます。しかし、神道や仏教、儒教...
よもやま話

バカの法則その三

バカの法則はその三へ突入。とは言っても「一面的な認知≒バカ」と、立体的な構造の一面だけを切り取って話しているだけなので、厳密には同じ話になっています。お気づきとは思いますが。例えば、仏教と数学は認識の話であり、それらは、それを記述する言語と...
よもやま話

試行錯誤への報酬≒ドーパミン

スモールステップ上記の本に記載されていた、ドーパミンが分泌される条件を単純化すると1.スモールステップ2.試行錯誤(マンネリ化させない)3.未来の利得の予測(計画)これらの条件を満たす行為を計画した時とその計画が成功した時に、ドーパミンと呼...
よもやま話

固定化=腐敗

何が社会と個人の腐敗を招くかの長濱説。現象は流動的「現象は流動的である」という前提があります。ボクシングというスポーツには形はありません。本来は戦う相手や状況に応じて、そしてボクシングという空間の地形に応じて変化させていくものです。しかし、...
よもやま話

自己喪失と社会の暴走

子供の頃から沖縄戦の話は学校の教育や身近な老人から直接は聞いていたはずですが、大人になってから、そして親になってから当時の話を聞いて受ける衝撃は段違い。当時の小学生から中学生だった人達の証言と米軍の映像記録を元に構成されています。子供達を見...
よもやま話

嫌なものは嫌だ戦略

「嫌なものには嫌だ」を認めることが導く結論と「我慢は美徳」という価値観が導かれた前提の長濱説。「嫌いな人を避けてはダメ」「嫌いな練習を避けてはダメ」「嫌いなことから逃げてはダメ」頻繁に聞く文言ですよね。美徳として強制的に受け入れさせられてい...
よもやま話

議論の枠組みを疑う

常識や科学などの社会通年は無条件に当然の議論の枠組みとして受け入れられています。ネットの辺境にある僕のブログへ読者の皆さんがたどり着いたのはきっと、現実を覆っているボクシングジムの様々なマトリックスに違和感を覚えたからではないかと思います。...