メンタル

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可能性に心を開くディフェンス

可能性に心開く「可能性に心を開く」は、僕が苦手なことです。でも、それはこのブログで再三伝えてきたように、非常に大切なことです。それと比較するなら、個々の技術論は無価値です。可能性に心を開くことは、きっと読者のみなさんも苦手だろうと予想します...
メンタル

リディック・ボウの右のフルスイング

とんでもない倒し方するなと。特に右。ジェラルド・マクラレンのように躊躇なく振り抜いています。右を思い切り振り抜くのは、相打ちや打ち終わりをカウンターされそうで恐いですよね。僕は恐い。ホリフィールドとの打ち合いをみれば分かりますが、そもそも論...
トレーニング

外野の声との接し方

ここでの外野の声は「スパーリングをしている当事者以外」と定義します。外野の声に従う必要はありません。あくまでも「頭には入れておく」程度。その最中やその先に起こることの結果と責任はボクサーに帰属します。仮に外野の声に従って損失を被ったとしても...
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よもやま話

ボクシングを疑うのがボクサー

「誰もが、わけも分からないままにベルトコンベアに乗せられ、わけも分からないままに今の世界を作っている。」ボクサーの態度僕はこのぼすBの態度こそが、見た目や人種や年齢を圧倒する、女性(≒人)の真の美しさだと信じます。動画の内容は「科学者(≒人...
よもやま話

バカの法則その七

気がつけば七に。今回は指導レベルで物事が複雑化していく原理についての長濱説。「殴る」ことがどうしてこうも複雑になるのか、そして、「殴られない」ことがどうしてこうも複雑になるのか。なんなら、構えるだけがどうしてこんなにも複雑化するのか、につい...
よもやま話

自分と無関係なことばかりに関心を払っている

人類史的にはつい昨日の社会から現代社会を眺め、その欠点と利点を明らかにしよう、という内容。テクノロジーが発展し、環境は激変しましたが、ヒトの遺伝子は森で狩猟採集生活をしていた頃に適応したままほとんど変化していません。ダイアモンド博士は、パプ...
よもやま話

信仰心

上の記事で、「ある宗教の教義とその信者に見られる関係の規則性が、人類の幼児期に見られる親子関係である」場合を「宗教」と定義しました。親に依存し、親を真理だと信じ、親の言うことは何でも聞く、というような、a〜bの関係です。この場合は社会にある...
よもやま話

「無いものは無い」現実を受け入れること

在るものを大切にする生き方「真っ暗だ。何も見えない。」長い動画ではないので、一度見てください。彼女と同程度の困難を、彼女のような自然さで受け入れられる大人がどれ程いるでしょうか。僕は28歳の時に目の怪我をしました。視神経二本が麻痺して目が動...
よもやま話

比較と価値の認識

可能性に心を開くことが機会損失を減らし幸運を引き寄せる、という話を別の視点から展開します。視点となるのは人の認識の原理。人は比較によって概念を認識します。1だけでは、それはただの記号でしかありませんが、その後者の2と更にその後者の3を定義す...
よもやま話

自己喪失と暴力

「自己喪失」は、自分が何者であるのかを見失い、安い安心と安い快楽の為に他人や観念に迎合する性質が顕在化することです。厳しく言うなら「普通」「科学」「お金」「基礎基本」などを信仰するカルトの総称。普通とは何か、科学とは何か、お金とは何か、基礎...
よもやま話

幼児性と自己喪失と同調圧力

日経225大暴落しましたね。つられて何もかも急落。後に振り返った時に、これまでの章とこれからの章の区切りとなる、歴史的に重要な日が昨日だったじゃないかと興奮しています。ボクシング業界もこの影響を受けると予想します。歴史の目撃者って興奮します...
よもやま話

幸福論 その二

そのニ。その一では人類の認識の原理故に「幸福」を定義し、それを目的とするとそれは達成されないと話しました。この解釈を深めた現時点における僕の幸福論の結論をお話します。多くの感情を味わいそれを共有できること思うに、そもそも、楽しいことだけを幸...