哲学

初心者向け

意識的な「腰を回す」

体幹先行型の技術観は、日常的な自然な運動感覚との矛盾が多すぎます。ボクシングの時だけシステムが変わるなんてことはあり得ません。日常的な運動の延長線上にスポーツの学習はあるはずです。日常において言語で運動を行うことはありません。なんとなくやっ...
よもやま話

勝ち負けやトラブルが嫌い

トラブルと競争が嫌い吉良吉影は卑怯者のメタファー。「戦ったとしても、私は負けんがね」の一言に卑怯さが凝縮されてる。見たことありません?吉良吉影は、表では争いを避けるが裏では平気で殺しをやる。現実ではヘコヘコと立場が上の人間に媚びへつらう。し...
よもやま話

お前は立派にやってるじゃあないか

私は結果"だけ"を求めてはいない結果は重要です。結果を出せないと無力感を覚えてしまあます。それで続けられなくなります。とは言え結果だけにこだわると真実を見失います。学歴という結果だけに囚われてしまうと、知識はテストで使うものだと錯覚してしま...
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よもやま話

何があなたを妨げているか

偶有性僕は、指導ではボクサーの認知の歪みを取り除くことに主眼を置いています。それがヒトの持つ、本来の動物としての知力と体力の解放を妨げていると感じているからです。ボクサーに「確かにそんな視点もありたな。どうでも良いことにこだわってしまってい...
よもやま話

大規模言語「私は誰だ。ここは何処だ。」

ヒト「大規模言語って人みたいだな...。」ヒト「はて、私が大規模言語ではない保証はどこだ?画面の外から誰かに見られているのではないか?記憶が存在の証明?その記憶が作られた可能性は?」ヒトor大規模言語「私を『私である』と証明してくれるものは...
トレーニング

体は言葉で動かない

技術の獲得体は言葉では動かない体は言葉では動きません。生まれて初めて自動車か自転車のハンドルを握ったことを思い出してださい。膝の肘、腰の動きを意識しましたか?アクセルとブレーキで足首の動きは意識しましたか?そんなことしませんよね。何となくや...
よもやま話

来るもの拒まず、去る者追わず

寓話や神話は社会的真理神話やことわざなどの伝承の類は、社会的な法則性を伝えてくれているのだと最近は感じます。ウサギとカメ、アリとキリギリスは、神から忍耐力を与えられた人種が他を圧倒するポテンシャルを持つこと、そして、その人種には社会を牽引す...
よもやま話

我、神仏を尊びて、神仏を頼らず

宮本武蔵の言葉。我、神仏を尊びて、神仏を頼らずカッコイイですね。矛盾するようでいて真理を表している含蓄のある言葉だと感じます。「神仏」は「科学」「お金」「国」「社会」「親」「家族」「友達」などなど、あらゆる言葉に言い換えられます。科学や常識...
よもやま話

宗教

ダイアモンド博士の、人類学的に宗教を定義しよう、という議論が面白いと感じましたので、僕も真似して遊びます。宗教の定義は難しい。一つは、「神の存在の有無」で分類できてしまうこと。ユダヤ教から派生した宗教には神がいます。しかし、神道や仏教、儒教...
よもやま話

バカの法則その三

バカの法則はその三へ突入。とは言っても「一面的な認知≒バカ」と、立体的な構造の一面だけを切り取って話しているだけなので、厳密には同じ話になっています。お気づきとは思いますが。例えば、仏教と数学は認識の話であり、それらは、それを記述する言語と...
よもやま話

バカの法則 その二

バカ「これは平面だ。それ以外にはあり得ない。」バカ「これは立体だ。それ以外にはあり得ない。」思うに、上のような、立体とも平面とも受け取れる画像を、ありのままに受け取れないこと、すなわち「どちらかでしかない」と一面的な視点からの結論を言い切っ...
数学とか

集合と含意と認識

WIISの述語論理の章が終わり集合論へ突入するのでその前に自分なりに論理と集合を結びつけてみます。部分集合と含意集合と含意は人の認識を厳密に考える為のもので、同じものであるというのが長濱説です。含意と部分集合でそれを説明してみます。A⊆BA...