『力学的』『生理学的』側面から脱力の重要性を説明してみる

運動理論
運動理論

猫の『脱力』が超高度な運動の技術であり、また猫の身体能力の源であるとお話しました。
今回は生理学、力学の面から脱力の本質にアプローチしてみます。

まずは脱力が運動の基礎であるという力学的な根拠についてお話します。

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脱力を力学から

その為にはまず僕が定義した運動の技術である『ブレーキ効果』を理解しなければなりません。
ブレーキ効果を直感的ではなく力学的に理解するには2つの現象を知ることが必要です。
一つは『偶力』で、もう一つは『慣性力』です。

図のように、板の中心に釘を打ち付けて回転できるようにします。
そして軸から離れた2点を逆向きの力で押してみます。
すると板は勢いよく回転します。
二つ分の力が合成されるので当たり前っちゃ当たり前です。

これが力学では『偶力』と呼ばれます。

今度はこんな風に板の軸に力を加えて左へ進ませます。
ある程度板に速度を持たせてから板の上端にブレーキをかけると、下端が『何か』に押されるように板が回転することが直感的にお分かりになると思います。

この板を押した『何か』が力学でいうところの『慣性力』です。

何故こんなことが起こるかと言うと、この宇宙は「止まっている物体は止まり続け、動いている物体は動き続ける」ルール、『慣性』があるからです。
板の上端を止めても下端は動き続けようとするので回転します。
この現象をスポーツの技術で応用することを僕は『ブレーキ効果』と呼んでいます。
ブレーキ効果を起こす為には一端には慣性力が、もう一端にはブレーキ(慣性力と逆向きの加速度)の力がかけられている必要があります。

ブレーキ効果の復習が終わったところで脱力とブレーキ効果の関係性について見ていきます。
『偶力』『慣性力』を忘れないでください。

脱力とブレーキ効果

まずは分かりやすい例として、野球のピッチングを使用します。
登場人物は二人、「ガッチガチに緊張したA君」と「脱力を完璧に使いこす達人のB君」です。
左側がA君で右側がB君です。

この図の場面ではA君がガッチガチに緊張して関節の可動域が狭まり腕が一本の棒のようになってしまっています。
一方脱力の達人のB君は腕を上腕、前腕、手の3つのパーツに分解して扱うことができます。

体幹を急停止させた場合A君の場合、ブレーキ効果で加速するのは腕全体です。
腕が一本の棒として回転します。
B君の場合も体幹を静止した力で腕全体が加速されますが、この次の瞬間から脱力による差が出始めます。

運動はエネルギーの交換

力学的な定義でのエネルギーはどれだけ仕事(物体を動かしたり変形させたり)ができるかの量を表しますが、話を簡単にするためにここでのエネルギーの意味をかなり抽象化して一般的な意味で使います。

先ほどの投球の話を分かりやすくするためにA君の腕だけを拡大して見てみます。
腕を一本の棒のようにして扱っていたB君と違い、A君は腕を関節で分離して扱うことができます。
以下の図のように「体幹を静止させた力」と「慣性力」が偶力としてまず腕全体へ働きます。
今度は「肘を静止させた力」と「慣性力」が偶力として前腕に働き、その次は手首の…と、こんな風にエネルギーが関節を伝いながら移動していきます。
素人が作った図なので分かりにくいかもしれません…
ブレーキ効果を各関節に働かせて、腕の末端の速度を増加させる様子を表しています。

体幹が生み出したエネルギーを使って動作させる身体の範囲をどんどん小さくしています。
最終的には体幹で得たすべてのエネルギーをボールにだけ集中させて動かしています。

ピッチングを抽象化してみてみると重力による位置エネルギーを運動エネルギーに変換し、その運動エネルギーによってボールを運動させていることが分かります。
さらに体幹で得た運動エネルギーで動作させる身体の部位(質量)を狭めていくとエネルギーを持つ部位の速度がどんどん上がっていると言えます。

B君の腕がどうして加速するのか簡単に説明してみます。

$$K = \frac{1}{2}mv^2$$

上の式はKは運動エネルギーをmは質量、vは速度を表しています。
同じ運動エネルギーを使って物体を動かす時はその物体の質量が小さければ小さいほど大きな速度を持つことを意味しています。

投球の最中に急に全身の質量を小さくしたりはできません。
なのでボールの速度を大きくしたいなら、体幹のエネルギーを余すことなくボールへ伝達する為にエネルギーを伝え終わった関節は運動をやめて静止させる必要があります。

ボクシングであれば、打ちながら上半身が流れたりしてしまうのは腕へ全身のエネルギーを上手く伝えきれていない証拠です。
上半身を動かしたエネルギーで拳をもっと加速させられます。

脱力による重心移動

脱力による効果はそれだけではありません。
筋繊維は柔らかく伸び縮みするので、力を抜くと重力によって引っ張られて落下します。
高く跳ぶ時の下半身の屈曲動作の際、筋力を発揮する必要のないの筋を脱力して筋の重みを落下させれば、その分だけ力を地面へ加えられるので大きな力が返ってきます。

パンチも一緒です。
パンチを打つ時は下半身の屈曲動作を行うので全身の質量が落下します。
重心の落下によって位置エネルギーが股関節と膝関節の腱へ貯蔵されます。
脱力して重心を落下させた方がエネルギーの総量が増えるわけです。

位置エネルギーと筋の収縮によるエネルギーの和がパンチの総エネルギーです。
得体のしれない超能力でもなんでもなく、位置エネルギーと筋に貯蔵されたエネルギーの変換効率の差がパンチ力やスピードの差です。

まとめ

位置エネルギーをいかに効率的に使えるかが運動の鍵。
エネルギーを効率的に伝達するには、使い終わった部位はしっかりと静止させなければならない。

そのためには脱力し関節一つ一つを細かく、鞭のように使ってエネルギーの受け渡しをする必要がある。
筋が収縮し関節の可動域が狭まった状態だと身体が一つの物体のように振る舞ってしまう。

脱力を生理学から

SSC

このブログでは何度も説明しているので詳細は省きますが、筋は不随意(意思の伴なわない)に伸張されると勝手に収縮します。

その時、伸張される速度が速ければ速いほど強い力で筋を収縮(伸張反射)させます。

これには『筋紡錘』という筋繊維の長さを検知する感覚器官が関わっています。

既述のように筋紡錘は筋繊維の伸張に反応する感覚器官なので、力が入っている状態だとほとんど筋繊維が伸張されず、反応が鈍くなります。

また筋繊維が伸張される時は同時に筋と骨を繋いでいる腱も一緒に伸張されます。

左図の筋肉にくっついている白いのが腱です。
こいつは超強力なゴムみたいな組織で、伸ばされると縮む性質があります。

関節を動かす筋は拮抗筋と主動筋の対の関係にあります。
腕を曲げると上腕三頭筋に腱に弾性エネルギーが、腕を伸ばすと上腕二頭筋に弾性エネルギーが蓄えられます。

デコピンの時に力を溜めると、手の甲が引っ張られる感覚が起こりますよね。
あれは手の甲にある腱が引っ張られているからです。

トップアスリートがキレッキレでゴムのように弾むのは伸張反射と腱の弾性を効率よく利用して動いているからです。

しかしまたしても力みが腱の収縮を阻害します。
上図の上腕二頭筋と上腕三頭筋を見れば分かるように関節を動かす為には二つの筋が対になっている必要があります。
上腕二頭筋だけだと腕を伸ばすことができないし、上腕三頭筋だけだと腕を曲げることができません。

少しだけやってみてほしいんですが、デコピンで手の甲全体に力を入れて指を離してみてください。
指を伸ばそうとする腱の収縮が指を曲げようとする筋の収縮に邪魔されて、指先が加速されません。

これはデコピンだけではありません。
例えばパンチで上腕三頭筋により肘を伸展する瞬間に、上腕二頭筋に力みがあった場合、腕を伸ばそうとする力に肘を屈曲させようとする力が干渉して、肘を伸展させようとする力を弱めてしまいます。
これは恐らく程度の差こそあれ、誰にでも起こっていることです。

不要な筋の力を抜いて、必要な筋を短縮させる感覚を覚えられた人がハードパンチャーと呼ばれるのでしょう。
ここまで読めばいかに脱力が重要かが分かっていただけたと思います。
しかしここで注意点があります。

本当に全身脱力すると人は潰れる

本当に全身脱力してしまうと立てません。
当たり前ですね。
走りながら本当に脱力すると大怪我します。
かすり傷ではすみません。

僕が言っている脱力は必要な瞬間に必要最低限の筋に筋力を発揮させるってことです。
収縮させる筋はしっかり収縮させて、脱力させる筋はしっかり脱力させる。
この為にはとんでもなく研ぎ澄まされた感覚が必要になります。
僕がここまで感覚にこだわる理由でもあります。

予備緊張

実は人間はそのために必要な能力を備えています。
それが予備緊張(他に言い方あるかも)と呼ばれます。
例えば裸足で固い石の上を歩こうとすると、足の裏が緊張しますよね。
あれと同じように歩くときや走る時は脚の筋が勝手に収縮して地面と接触した時の衝撃に備えています。
これが予備緊張です。

固いゴムボールとスライムでは跳ね方が全く違います。
弾性のある固いゴムボールの方が高く弾みます。
これは『スティフネス(バネの硬さ)』と呼ばれます。
人体は地面から受ける反力に負けて潰れてしまわないために予備緊張という仕組みを持っています。

それでは何故僕達がボルト選手のように効率よく走れないかと言うと、この予備緊張のタイミングは曖昧だからです。
接地してから力を入れたり、接地するかなり前から力が入っていたり。

このタイミングを作る感覚には先天的な何かや、幼児の頃の歩行を覚えた感覚が影響していると思います。
これが僕が人の歩行に注目する理由です。

じゃあどうしようもないのかと言うとそうではありません。
スティフネスは訓練によって向上します。
ボクシングであればパンチが当たる瞬間に拳を握ると言うのは才能でもなんでもなく、練習と意識の問題ですよね。
練習でどれだけ身体内部の体性感覚に集中できいているかで予備緊張の精度は大きく変わってきます。

話を脱力に戻します。
予備緊張からも分かる通り、ただ力を抜けばいいという問題でもありません。
必要な部分はできるだけ硬く、それ以外の部分はできるだけ柔らかく。
脱力は研ぎ澄まされた感覚によって実現される超高難易度な技術なんです。

まとめ

伸張反射や腱の弾性エネルギーを効率よく使うという意味において関節を分離させ、柔軟に動かせることがとても重要になる。

再びボルト

このネコ科に学ぶという記事でもお話していますが、ボルト選手は走行中はふにゃふにゃに見えます。
でも本当に全身脱力していると、ボルト選手のスピードなら転倒して顔の皮がずるずるに剥けてしまう大惨事が起きてしまいます。

筋の収縮と弛緩を上手く使い分けています。

右足で接地しているこの瞬間は、立脚となる右足は硬いバネになっているはずです。

逆に右肩の下がり方から、背中は力を抜いていることが窺えます。

肩甲骨の質量の分だけ大きな力が地面へ加えられているはずです。

右足で地面を蹴った瞬間です。
左腕と右肩が大きく斜め上方向へ動いています。
この場合、質量も斜め上方向へ移動するので、その分だけボルト選手の体は持ち上げられ前方へ推進されているはずです。

脱力による重心移動を効率よく使って大きなストライドを稼ぎ、力みによる力の干渉が少ないので既述の「脱力とブレーキ効果」でも説明したように、末端の関節を『連結振り子』のように高速で回転させられると僕は考察しています。

まとめ

今回の理論は僕の知識と理解で構築した理論です。
もしかすると間違っていることがあるかもしれませんので悪しからず。

さらに注意点があって、当たり前ですがこの知識を知っていても実際に脱力ができなければ大きな成果は上げられないんです。
「力を抜け!」なんてどこでも言われることですしね。
でも、脱力の仕方ってただ単に「力を抜け」としか言われませんよね。
つまり教えてくれないんです。

しかし僕は「力を抜こう」では抜けないことを知ってします。
効率よく力を抜くために集中すべき感覚とその練習方法をいくつか見つけています。

今回はとても大量の字を書いて疲れてしまったで、また別の機会にそのコツは共有しようと思います。

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具体例など簡単な説明はありません。
全て数学で説明されます。
そうとうな根気がないと読めません。

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バイオメカニクスを考える時のベースの知識です。
小難しい話なので数学や物理が苦手な方には難しい、というか挫折します。
僕みたいに尋常ならざる数学や力学に関する興味がないと読み進めることはできません。
でもこれより身の回りの現象を合理的に説明する方法はありません。

Die Hard – ダイ・ハード
この記事を書いた人

第41第東洋太平洋(OPBF)ウェルター級王者
元WBC世界同級34位
元WBO-AP同級3位
元角海老宝石ジム所属

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