今回は重心移動とSSCの二つの側面から脱力の重要性についてお話します。
まずはSSC、つまり『伸張反射』と『腱の弾性』の側面です。
SSCの側面
筋紡錘
人間の筋肉には筋の長さや張力を感知する筋紡錘というセンサーがついています。
これのおかげで筋肉に加わる力を検出することができます。
※『ゴルジ腱器官』という腱にかかる力を検出する感覚器もあります。
これは伸張反射と逆の働きがあり、あまりに強い力をかけて腱を破壊しないように筋の短縮を制御しています。
この筋紡錘が急激な筋の伸張を感知すると脊髄へ伝達します。
脊髄により関節を守るための伸張反射が引き起こされます。
筋紡錘
Wikipedia
筋肉の伸長によって筋内繊維が伸長すると、筋内繊維に巻き付いている感覚神経末端が物理的に引き延ばされる。感覚神経末端には膜の伸展を検知するチャネルが存在しており、筋肉の伸長によって感覚神経が活性化する。これが筋肉の伸長シグナルとして身体へと送られる
実は伸張反射を起こしている主動筋と遂になっている拮抗筋は、この時収縮しないように抑制を受けて、弛緩しているんです。
つまり伸張反射が起こるとき拮抗筋はその短縮の邪魔をしないんです。
人体は本当によくできています。
伸張反射
腕を手前に曲げるのが『短縮性収縮』、伸ばされながらそれに抵抗しようと収縮するのが『伸張性収縮』です。
この図を見ても分かりますが、強い力で引っ張られれば引っ張られるほど、伸張性収縮は強くなります。
筋が力んでいた場合、筋の伸張ができないので伸張反射が起こりにくくなってしまいますので脱力が重要になります。
今度は腱の弾性の側面から脱力の重要性を考えてみます。
腱の弾性
弾性とはバネのように伸び縮みして力を蓄える性質のことです。
人間の体でバネの役割を果たすのは腱です。
脱力は既述の『伸張反射』の側面と同様に腱の弾性の側面からもとても重要になります。
簡単な例がストレッチです。
力を入れて筋を短縮した状態では関節の可動域が制限されてしまうので、開脚のようなストレッチはできませんよね。
パンチも同じです。
パンチを打つ時に力んでしまうと関節が回転させづらくなってしまいます。
つまり関節の可動域が狭まってしまい、骨と骨を繋いでいる腱を伸張できなくなります。
※全く同じバネであれば、自然な状態から伸ばした距離が長ければ長いほど弾性エネルギーを貯蔵できます。
『弾性の法則』
冗長な説明になってしまいましたが、『伸張反射』『腱の弾性』の両面からの脱力が重要性なんです。
そして次は重心の移動です。
既に述べたように身体重心の移動には関節の可動域が関係しています。
身体重心の移動
まずは先に身体重心の移動とは何かについてご説明します。
重心は細かく定義すると面倒なんですが、ごく簡単に質量の中心くらいの理解で問題ありません。
以下ちゃんとした定義。
読まなくても理解には問題ありません。
重心(じゅうしん、center of gravity)は、力学において、空間的広がりをもって質量が分布するような系において、その質量に対して他の物体から働く万有引力(重力)の合力の作用点であると定義される点のことである。
Wikipedia
普通の石ころは質量やその分布が変化しないので重心は変わりません。
でも人体の重心である身体重心は変化します。
以下の図のように腿を上げると質量の分布が少し上に、そして少し前に動くので重心も移動します。
このように身体重心は関節を動かすことで変化させられます。
そして重心は物体の運動に大きく関わります。
黒い円は重心だと考えください。
3本の内どれが一番倒れる勢いが大きいかは何となく分かると思います。
一番右側の重心の位置が高い棒です。
別の例。
全く同じ体重と体格の人間(重心が同じ)をシーソーの軸からの長さが同じ両端に乗せたとします。
この場合力が釣り合うのでどちらかがシーソーから落とされることはありません。
右側の人を左へ寄せます。
すると反時計回りにシーソーが回転して、左側に乗っている人はシーソーから落とされてしまいます。
回りくどくなってしまい申し訳ありません。
重心の位置によってかかる力が変わってくると言いたかったんです。
※『てこの原理』
下地はこの辺にして本題へ移ります。
ボルト選手の背骨の柔軟性について別の記事でお話しました。
詳しくはそちらの記事を見てください。
背骨が柔軟にしなると、地面を蹴った瞬間にその衝撃で背骨がぐにゃりと曲がります。
この時背骨が前方向に湾曲するので同時に重心が前方向へ動きます。
つまり、接地した勢いがそのまま重心の移動となって体を推進しているんです。
以下簡単に説明します。
両足が地面から離れている瞬間は背骨は比較的直立しています。
次に地面を蹴る瞬間です。
この瞬間はみぞおちを前方へ突き出すような姿勢になっています。
つまり地面を蹴った勢いで重心を前方へ押し出しているんです。
別の例えを使ってみます。
水の上に浮かべた船に振り子を設置して、それを左右に揺らすと、船も左右に揺さぶられるのは直感的に分かると思います。
あれは振り子(船の重心)の移動が推進力となっているからです。
もし背部や腹部の筋に力が入っていれば、この背骨の可動域を損ねるはずです。
脱力は柔軟性と切っても切り離せないからです。
黒人選手のような生まれ持った柔軟性は難しいかもしれませんが、無駄な力を抜けば少しでも関節の可動域を確保することができます。
ボクシングは陸上100Mとは全く違いますが、柔軟性による身体重心の移動は陸上競技と同じように重要です。
例えばパンチの瞬間に脊椎の可動域が大きければそれだけ重心を移動させられるということです。
さらに肩甲骨がパンチの勢いで肩関節に引っ張られて前方へ移動したとすると、身体重心も少しだけ前方へ移動し拳の運動量が増します。
まとめ
今回は柔軟性と脱力の関係、そしてその重要性を『SSC』と『身体重心の変化』の側面から解説してみました。
補足
静的なストレッチのような動作に関しては例えば練習前のストレッチはパフォーマンスに悪影響を及ぼすことが報告されています。
しかし、長期的な視点で柔軟性がパフォーマンスに与える影響はまだ分かっていないようです。
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